「大丈夫かね?」

 ぐったりとベッドの上のクッションに凭れかかった情人へ
ホットココアを差し出しながら、メフィストは問う。
その表情から、それが決して揶揄を含んでいないことを知ると、
せつらは、何とか微笑んで、マグカップを受け取った。

「ありがとう」

 サイドライトの明かりに浮かぶベッドは、
薄いオレンジがかっている。
それは、まるでキャンドルに照らされている様で、
この静寂が支配する院長室には……いや、聖夜を迎えるには
似つかわしかった。

 せつらが片手で掛け布団をそっと捲ってやると、
メフィストはするりとせつらの横に滑り込んだ。

「ふふっ……今頃、日本中で同じような時を過ごしている人が
何万といるんだよ?」

 マグカップで両手を暖めながら、せつらは笑った。

「でも、一年前は、こんなこと思いもしなかった」

 そっとメフィストに躯を寄せる。
メフィストはせつらの額に口付けて、何故?と訊いた。

「年末は忙しいんだ」

「……すまない」

「……元はと言えば、僕が悪いから、別にいいんだけどさ……」

 ただ、ちょっと今日は店番は無理かも、と微かに頬を染めて。

「せつら……」

 すっと、メフィストの手が腰に回される。

「ちょ……っ、もう、無理だからなっ!!」

「信用が無いな」

 腰に当てられた手から、穏やかな熱が伝わってくる。
そこに、先程までの行為を連想させる様な激しさは無かった。

「……あんなことまでされて、信用も何も……」

 小さく呟かれた言葉に、メフィストは思わず苦笑した。

「それは一も二も無く、謝るしかないな。
――嫌だったとは言わせない自信はあるがね」

「この大馬鹿者」

「本望だな」

 メフィストの腕が外される。
気持ちよかったので、それが離れていくことが、
名残惜しかったが、せつらは何も言わなかった。

 少し、躯が楽になっていた。

「医者が恋人っていうのは便利だな」

「せんべい屋が恋人、というのは考え物だがな」

「毎日、せんべいが食べられる。幸せだろう?」

「……」

「今、『主人も食べられるならね』とか思っただろう?」

「何時から読心術を会得したのかね?」

 メフィストはせつらのマグカップをサイドテーブルに置いてしまうと、
せつらに覆い被さるように口付けた。

「んっ……」

「甘い」

「ココアだっ!……じゃれるな、メフィっ……」

 ばたばたと二人で縺れ合いながら、ベッドに横になる。

「まだ何処かにクリームが残っているのか、と思ってな」

「全部、舐めっ……ひゃっ……」

 せつらの白い肌に、メフィストの紅い唇が降りる。
ぞくり、とその肌が粟立ったのは、先程までの行為を思い出したからだ。

「大体、あのケーキは僕へのプレゼントだったんだろ?」

 赤いリボンを無くした箱に入った、ショートケーキ。

 せつらが顕著に反応を返したことで満足したのか、
メフィストは大人しく乱れた布団を掛け直し、
せつらを丁寧に抱きしめた。

「君も食べただろう?」

 メフィストの背に腕を回しながら、せつらは首を振った。

「苺と、スポンジだけだ。生クリームは全部お前が食べた」

「そうだったかな……」

「そうだ。お前の躯にも生クリームを塗りたくってやればよかった」

「……」

 頭を撫ぜる手が止まったことを妙に思ったせつらが顔を上げると、
メフィストは神妙な顔でせつらを見つめていた。

「その場合、君が私の躯を舐めることになるが?」

「……!」

 目の前で固まったせつらを見て、メフィストは
薔薇の様に微笑んだ。
そして、ぽんぽん、と頭を軽く叩く。

「来年、覚えていたら、二つ用意しておくよ」

 ――酷く、真摯な言葉で。
壊れてしまいそうなくらいな、誠実さで。









 ……かちり。

 サイドライトが、消される。
キャンドルの明かりは、一瞬で霧散した。








「うん……。覚えていたら、ね」

 ぎゅっと、しがみついて、瞳を閉じる。






 この医者が、その言葉を忘れる確率はとても低い。
けれど、来年のクリスマスに、彼がケーキを二個用意することは
同じ確率でありえないことだと、せつらは知っていた。

 煌く街、華やかなイルミネーション、幸せそうな人々。
クリスマスの魔法は、確かにあるのだ。
メフィストが何時に無く、せつらを求めたのも、
多分、飴の所為なんかではなく、その魔法の所為なのだ。

 もう直ぐ、街は何時もの平穏を取り戻す。
きっと、彼もまた、何時もの彼に戻るのだ。
それは、決して厭うべきものではない。
寄せる波の様に、穏やかな彼の熱は、せつらをとても
安心させるものだから。






 けれど……――














「メフィ……。もう寝た?」

「いいや」

「ねぇ、……後一回くらいなら、大丈夫だよ?」

「……せつら?」

「残念ながら、生クリームはもう無いけど」



















――永遠を信じられないリアリストを恋人にするのは、
時々、少しだけ、せつなくなるからね……。























<光と闇の真実>でのメフィとせっちゃんという設定で書きました。
ツッコミ所は、「メフィがいつも使用している針金」←いつも、縛っとんのかい!!と、
「生クリーム」←そのシーンを書けよ! だとは思います。ええ、書きません(ニッコリ)
 !Feliz Navidad ! いずみ遊 2002年12月25日



と、いいつつ、生クリーム書いてしまいました。
読みたいぜ、という方はどうぞ、こちらから→





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