甘く胸の飾りを弄んでいた形の良い唇が、離れていく。
背に回された腕が、きつく、せつらを抱きしめ、
二人の距離が限りなく0に近付く。

「どうしたの?」

 やや掠れ気味の声で、せつらが囁く。
シーツの衣擦れの音と、二人の呼吸以外、何の音もしない
院長室で、その声はよく通った。
天井から降り注ぐ、青い光は、肌の白いせつらを
清冽に浮かび上がらせ、そこに押された刻印をより淫靡なものに
させる。

「美しい……」

 媚薬の様な声が、せつらの耳に流れ込んでくる。
メフィストは躯を離すと、せつらの頬に口付けた。

「君は、何処を取ってみても、完璧だ」

 瞳を閉じて、メフィストの唇を受け止めながら、
せつらは苦笑した。
美の神に嫉妬されかねない美貌を持った恋人に、
まさかそんな言葉を言われるとは、どう反応してよいか
困ったのである。

「何処を取ってみても……?」

 ゆっくりと、せつらごとベッドへと沈み込んだメフィストは、
せつらの前髪を掻きあげながら微笑んだ。

「何処を取ってみても、だ」

 せつらは星を掴むように、メフィストの頭を抱き寄せ、
その唇に口付けた。

「本当に、僕の全てを知ってるの?」

 まるで、悪戯の共犯を嗾ける様に。













 部屋を埋め尽くす、バニラの香り。
時折、くすぐったそうに笑う声と、抑えきれない喘ぎが漏れる。

「ふ……っ……ああっ……其処……」

 せつらの肌よりも更に白い、生クリームが、メフィストの舌に
舐め取られる。
ベッドにうつ伏せに寝かされたせつらは、ぎゅっとクッションに
しがみ付きながら、与えられる刺激をただ享受していた。
ひんやりと冷たいクリームが、素肌に落とされ、嬲る様に
生暖かい舌に掬われていく。
ただ、それだけの行為なのに、そこに生クリーム、という物体が
関与しているだけで、鳩尾の辺りが重くなる程の快感が
躯を支配するから不思議だ。

「まさかっ……そんなものを隠して……っ……んん……」

「隠していたのではなく、君へのプレゼントだったのだが」

 可愛らしくデコレーションされたサンタクロースの砂糖菓子を摘んで、
せつらの口元へと持っていく。

「ふ……っ……」

「――せつら」

 砂糖菓子ごとメフィストの指まで口に含んで、
せつらはサンタクロースを溶かしていく。
歯で二本の指が逃げないように優しく固定し、
舌をねっとりと絡ませる。

「気持ちいい?」

「……あぁ」

 メフィストは優しく微笑むと、せつらに口付けた。
せつらは流れ落ちてくる美しい黒髪を梳きながら、
ちょこんと舌の上に残った砂糖菓子をお裾分けする。
すると、メフィストの瞳が開かれ、二人の視線が交わった……。
どうやら、同じことを考えていたらしい。
――これにまで昂進剤が含まれているのかね?
――お前が買ってきたケーキだろ?それに、もう必要ない……
瞳だけで会話を交わし、更に深くまで侵食し合う。















「初めて、セックスした時……」

 見事に生クリームだけを失ったクリスマスケーキを眺めながら、
せつらは口を開いた。

「お前があまりにも気持ちよくするから、嫉妬した」

「君は、複雑な嫉妬の仕方をするな……」

 せつらの躯に残った生クリームを舐める動作を止めて、
メフィストは膝立ちになったせつらを見上げた。

「だって、……そりゃ、初めてだとは思ってなかったけど、
今までこの手に抱かれてきた顔も知らない奴が憎くて憎くて……」

「そうかね」

「そうだよ」

 くしゃり、とメフィストの髪を掴んで

「手馴れている割には、淡白で、……すっごい不安だった」

 その額に唇を落とす。
生クリームは殆どメフィストによって舐められてしまった為、
薔薇の香りが強くした。

「今は、お前が苦痛や羞恥を伴うセックスが嫌いだって知ってるから
いいけど、最初のうちはホンットーに、不安だったんだぞ」

「……君を啼かせて喜んで見せれば良かったのかね?」

「めちゃくちゃに、見境なく抱いてくれれば良かったんだ」

「何故?」

「それ程愛されていると、思えなかったから」

 メフィストは意外だ、とでも言うように軽く瞠目した。

「あれだけ、その気が無いってお前を冷たくあしらってて
結局、縋ったのは僕の方だった。
それを、お前がどう思っているのか……呆れているんじゃないかって、
……そこへきて、お前があまりにも淡白だったから……
『もしかして、僕のことをそれ程好きじゃないから、
こんな風に抱くのかな』って……何笑ってるんだよ」

 話の途中から珍しく声を出して笑い始めたメフィストに、
せつらは少し高い位置から、凄んだ。
勿論、それが効果の無いことは常のことだが。

「酷く抱いてみても、君はきっと、そう思ったのであろう?」

 ――『僕のことがそれ程好きじゃないから、酷くするのかな』

「……!」

 せつらの頬にさっと朱が走る。

「せつら、……愛しいよ」

 囁いて、メフィストはせつらの腰を下ろさせた。

「あっ……」

 急に躯の中心を熱で貫かれ、せつらは背を逸らした。
それを宥めるように、メフィストの手がせつらの背を優しく撫ぜる。
決して痛みなど、与えない様に、丁寧に、丁寧に。













 先程までの行為で、十分に馴らされたにも関らず、
与えられる快感にだけは、決して順応することは無い。
何度肌を合わせても、メフィストの熱は、常にせつらを穏やかに狂わせる。

 予定調和のように、けれど、それは絶えず形を変え、終結する。















「君には、不必要な痛みなど、与えたくないのだよ」

 互いに熱を冷ましながら、抱き合うベッドの上。
メフィストは、残っていた生クリームをそっと舐め取った。





























生クリーム。メフィ先生は変態ではないですが、テクニシャンだと信じています。
何でもオープンに喋ってしまうこの二人の関係が好きです。 
いずみ遊   2002年12月31日






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