After Story *いずみ遊* メフィスト病院、不正発覚? 不透明な臓器売買に、<区外>からの告発―― 新聞を広げ、目が釘付けになった。 メフィスト病院……? どうせ、下らない噂だろ、と切り捨ててしまうにはあまりにも 生々しい書き口に、胸の辺りがどすんと重くなる。 朝食が翳み、喉を通らなくなって、箸を叩きつけるように置く。 新聞を丸め、ゴミ箱へ放った。 それでも気が済まなくて、妖糸で細切れにする。 その内、バイトの女の子が走ってやってきて、挨拶もそこそこに ずかずかと部屋に上がり込み、テレビを点けた。 文句を言おうと口を開いた瞬間、――テレビに映る光景に唖然とした。 「何故、言わなかった?」 メフィスト病院院長室。 玲瓏の医師は、本当に透き通ってしまいそうなくらい蒼白な顔のまま せつらに向けて微笑んだ。 「テレビでっ……、日本中が見ているテレビで、お前が認めたら、 嘘も真実になってしまう、そんなこと、分かってるだろ?」 ともすれば大声になりそうな声を、せつらは必死で抑える。 安楽椅子に腰掛けたメフィストは、深く躯をクッションに沈めていた。 ここまでこの医師が疲労を顕わにする所を、 せつらは今までに見たことが無かった。 「しかし、臓器の<区外>からの輸入は実際にあった事実だ。 認めるしかあるまい」 正規の手順を踏まず、しかもお金に苦しむ健常者から臓器を 買い取り<区外>から新宿へと輸入していた、というのが メフィスト病院に掛かった嫌疑であった。 その期間は2ヶ月と短いが、これは病院の信用問題に関ること。 メディアが大きく取り上げるのも無理は無い。 しかも、ドクター・メフィスト自身が認めたとなれば……―― 「朝から、皆、電話の応対に追われている。 そのことに関しては不手際を認めるが、闇雲に隠しても仕方あるまい」 「けれど、お前が悪い訳じゃない。 きっかり二ヶ月しかここにいなかった医者のことを書いている新聞も あった。 その医者が関っているんだろ?何故、言わない?」 メフィストは首を振った。 「その医者を雇ったのは私だ」 「だからって……」 「彼が二ヶ月間やっていたことに気付かなかった私の責任もある。 直接指示を下したか否かは関係ないのだよ」 そう言うと、白い医師は、これ以上何も言ってくれるなとでも言うように 瞼を閉じた。 顔の陰影が哀しいほどに美しかった。 「……」 せつらは机越しにそっと、メフィストの額に口付けると、 踵を返し、院長室を後にした。 メフィスト病院の入り口にはたくさんの報道陣が群がり、 しかし、不思議と静かにドアの前で佇んでいた。 そうさせているのは、このメフィスト病院への絶対の信頼と、 神と見紛う美貌を持つ院長への畏怖であろう。 ドクター・メフィスト本人が嫌疑を認めても 未だ彼らには信じられないのだ。 だからこそ、彼らはここへやって来た。 そして、メフィストが彼らの安心するような言葉を紡いでくれる事を 誰よりも願っている。 せつらはそんな彼らを横目に、区役所通りへと出た。 感心なことにせつらにカメラやマイクを向ける者はいなかった。 彼の美しさ故か、彼が今身に纏っている凄惨さ故か…………。 靖国通りへと出ると、右ではなく左に折れる。 仕事依頼を受けない、個人的な人捜しだった。 「全く、何を言っても聞かぬ男だ」 メフィストは瞳を開け、机から一冊のファイルを取り出した。 ――人事報告。 「女のすることは、分からぬ」 開かれたページには、久保崎実という男の履歴書と紹介文が ファイルされていた。 外科医。 <区外>から来た医者だった。 「さて、何時の間に入り込んだのやら」 「久保崎実?それで、今は何処にいるんだ?」 メフィスト病院を後にしたせつらは、臓器輸入に関っていた医者がいる という記事を載せていた新聞社へと来ていた。 平素相手にするヤクザとは違い、 あっさりと会社の内部に入ることは出来たし、 担当者との話もすぐに実現した。 「今、追っている所です。 と言っても、貴方も捜しているとなると、 我々が張り込む手間も要らないでしょうが」 記事を書いた記者は、出来る限り秋せつらの顔を見ないように笑った。 この<魔界都市>で秋せつらと人捜しの腕を競う馬鹿はいない。 彼の圧倒的な手腕を認めることに他ならないからだ。 「美貌の院長からの依頼ですか? こんな事態は<魔界都市>始まって以来のことです。 我々もほとほと困っておるんですよ。 この街でドクターと関わりを持たないで一生を終える人間なんて そうそういない。 あの人のことを悪く書くことが出来るヤツなんていないんですよ」 「依頼主が誰であろうと話す気はないけど、 賢明な心がけだと思うよ」 せつらは礼を言って、椅子から立ち上がった。 遠くからせつらを眺めていた女性社員が、彼が行ってしまう悲しさに 溜息を漏らした。 「久保崎実……ああ、いただわさ。 ちょうど一ヶ月前にメフィスト病院を辞めた外科医のことね」 大きな机の前で太った女情報屋は、一体何を見ているのか 嬉しそうに言った。 一介の情報屋でしかない彼女が、何故、 メフィスト病院の人事異動まで知っているのか、 それは永遠の謎である。 「その後の異動先は?」 せつらは彼女の見ているパソコンを覗き込もうとして、その巨体に 阻まれた。 「はて、病院勤務ではなさそうだわさ。 ……もう<区内>にはいないわ」 「じゃぁ、<区外>?騒ぎになって逃げたのかな」 情報屋は首を横に振った。 横に振る首があったとは、驚きだ。 「メフィスト病院を辞めた後、直ぐにいなくなってるみたい」 「いなくなる?死んだってこと?」 「そのまんまの意味だわさ。消えた、もしくは消された……」 「誰に?」 情報屋が意味ありげにせつらを見つめる。 せつらは、思わず一歩引いて、近くにあったカレンダーに目を移した。 「問題は臓器移植のことを、誰が外部に漏らしたか、ね」 せつらは、はっと顔を上げ、情報屋を見た。 それだ。 まともに考えれば直ぐに疑問を持つべき問題だ。 「ありがとう」 せつらはコートを翻し、情報屋の元を去った。 「毎度ありーだわさ」 後から太った声が追いかけていった。 いずみ遊 2002年8月25日 後編へ *ブラウザを閉じてお戻り下さい* |