夏の終わりに。 *いずみ遊*












愛情と劣情との区別がつかなくなると
人は、愛と罰を取り違える……――














「私の主人を探してください」

 渡された写真。
まさか、と思った。
思って、依頼人の顔を見た。
当たり前だけど、女性だった。

「何時まででも待ちます、だから、主人をどうか……!」

 悲痛な声で話す女性を凝視する。
失礼かなと思いながら。
落ち着くためにお茶を一口。

「ええ、まぁ、探しますけれど……。
その、この街では……」

「ええ、分かっています。生きていれば逢いたいのです」

「逢いたい、ですか」

「あの人がこの街で生きていくのならば止めません。
ただそれならば最後に一回、有って話がしたいのです」

「はい、分かりました
ええと、まず料金が――」

 ちょっと眩暈がした。














「あんたも可笑しなこと聞くわね。
この街にこの顔を持つ男と言ったら一人だわさ。
いや、この世界中探したって」

 電話の先で、声まで太い情報屋が大声で言った。
依頼人から受け取った写真をFAXで送ったら、
そう言われた。

「やっぱりそうだよね」

「本人に聞いてみたらどうだわさ?
……ぐふふふ」

 少し間を空けて、人間とは思えない笑い声が
受話器から流れてきて、思わず受話器を遠ざけた。
一緒に話しているうちにこちらもデブになってしまいそうだ。

「何だよ、突然」

「新宿一の情報屋を舐めてもらっちゃぁ困るわ。
あんた、とうとうあの医者と出来たらしいじゃないの」

「……あのね、変な噂を流すのは止めてくれないかな」

「隠すことはないだわさ。
私は応援するわ」

「ああ、もう切るよ」

「ふふふ、照れるな照れるな」

「はぁ。ばいばい」

 ぶぅ、という声が聞こえてくる前に受話器を置く。
――これは当分ネタにされそうだ。
暫く電話は控えよう。

 しかし、<新宿>一の情報屋、外谷が言うのだから
間違いないらしい。
と、なれば、その「主人」の元へ行かなければ。
頭の中にちらりと白が浮かんで消えた。














「それで、ここへ来たのかね?」

 目の前の白い医師はゆったりと安楽椅子を少し回して、
立ち上がった。
長い黒髪が、ケープを流れて波を作る。
どの角度から見ても、この医師だけは完璧なのだ。
だからこそ、見まがう筈も無い。

「確かにそこに写っているのは私のようだが」

 机の上に置かれた写真。
それは勿論件の依頼人が持ってきた写真である。
つまり、依頼人はこの医師、<魔界医師>が
自分の主人だと、そう言ったのだ。

「何時の間に結婚してたんだよ」

「結婚、という制度が変わったとしたら、
私は今すぐにでも君と籍を入れるが?」

 目を細め、淫靡に、そう言われる。
――その一言で嬉しくなるなんて、
口には絶対しないが。

「この写真、どこかおかしいんだよな……」

 机の上の写真をじっと見ていると、腰に手が回された。
項に唇が触れる。

「真正面から撮られている所ではないのかね」

 耳に息がかかり、身体が飛び跳ねそうになる。
心臓に悪い。
写真を見たいなら、机に座ったままでも見れるというのに、
この医師は態々人の肩越しに見ているらしい。

「ああ、そう言えば証明写真みたいだ。
……ん?」

 ――証明写真と言えば、この街にはそんな特殊能力を持った
人間がいなかったか?

「そうか、記憶写真屋に作らせたのか」

 記憶写真屋。
相手の記憶をそのままネガに写し取ることを商売としている。
主に、警察が犯人探しの時に利用すると聞いていたが。

「しかし、おまえの顔をここまで忠実に再現とするとは、
中々の……、おい、どうした?」

 腰に回された腕から力が抜け、どさりと音がした。
慌てて振り向くと、そこに有る筈の顔が無く、
目線を下にやると床に広がった白い華―いや、医師が……。

「メフィスト?おい!どうし……」

 伸ばした妖糸が有り得ない「死」を伝える。
呼吸停止、心拍数0。
これが普通の人間ならば、メフィスト病院へ担ぎ込めばいい。
しかし、ドクター・メフィストならば……冗談では済まない。

「藪医者っ!」

 せつらの声が、主を失った部屋に響いた。

















いずみ遊2002年8月16日



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