腕の中の月影 *なずなさん* もうかれこれ一週間も、あいつの顔を見ていなかった。 かのドクターは外遊中である。 ヨーロッパの方で、医者たちの集まりがあるらしい。 留守番電話にそっけない伝言だけ残して、 僕が気づいた時にはメフィストはもう飛行機に乗る寸前だった。 時々こんなふうにあいつはこの街を出る。 あっけないくらい簡単に何処かへ行ってしまう。 僕はどうしたって長いこと、新宿から離れてはいられないというのに。 もちろん僕一人のメフィストじゃないって、ちゃんと分かってる。 あいつなりの都合もいろいろあるだろう。 それにしたって二週間も逢わずにいられるなんて、 そんな恋人、不実じゃないか? いつも勝手に消えてしまうから、不実を詰ることも出来やしない。 だから、これはささやかな意地悪。 ほんのささやかな。 僕は人捜しの仕事を終えて、家に帰り着いた。 奥の六畳間に入り、扉を閉める。 今日の仕事は難儀だった。ストレスだって溜まりに溜まっている。 さあて、もういいかな? 暗かった部屋の灯りをつけて、僕は一点を見つめる。 電灯に浮かび上がった、愛しい人の黒い輪郭。 今ごろメフィストは影を失くしたことに気づいて狼狽しているだろう。 勝手なことばかりしてるからだ。ざまあみろ。 あいつはいつも人の腕前を馬鹿にしてるけど、僕でもこれくらいは切れるのさ。 それも魔界医師に気取られぬほど、鮮やかにね。 黒い影は部屋の隅っこでうずくまっている。 丸められている背中を後ろから抱きしめてやる。 「ふうん」 思わず僕は呟いた。たかが影、などとは侮れないと分かったのだ。 「意外と抱き心地がいいもんだ」 興を覚えた僕は、後ろから廻した腕で影の下半身を探ってみた。 「ふふっ」 左腕に腰を抱き込んで固定し、右手で前を優しく撫でさする。 「気持ちよさそうに震えてるし」 姿の見えない状況はかえって、僕の欲望を煽りたてた。 ああ、あの時に似ているな。 僕はメフィストと肌を合わせた数多の記憶の中から、 ある一夜を呼び起こした。 それは完全なる暗闇の中で行った、手さぐりのセックスだった。 メフィストはいつだって明るい中でのプレイをひどく嫌う。 灯りを消してくれと必ず言うのである。 だからその日思いついたのは、どうせなら真っ暗闇にしてやろう ということだった。 美しい体を鑑賞できないのは残念なことだけれど、 試してみる価値はあると思ったのだ。 結果は―――、大変興奮した。 視覚を遮られている分、妄想を掻きたてられる。 触覚だけに集中できるのだ。 手のひらにしっとりと吸いつく柔らかい肌。 触るごとにびくんと跳ね上がる体。 いつも以上にメフィストを身近に感じられたのだった。 そうだ。確かにあの時のようだ。 違うのは、恥ずかしそうに小さく啼くあの声が聴けないことだけ。 メフィストの体を回転させこちらを向かせると、 抱き寄せながら後ろを探ってみる。 ひくひくと痙攣する入り口に指が辿りつく。 優しく弄りながら、少しずつ指先を差し入れていった。 内壁がすぐに指をきりきりと締めつけてくる。 「うーん、相変わらずいい感じ」 そろそろいいかと糸を外してやると、影は自分からしがみついてきた。 「焦ることはないよ」 僕は抱き返して言う。 「時間はたっぷりとあるんだからね」 舌先で耳の下を嬲ることで、僕の意思を伝えようとする。 まだまだいっぱい可愛がってあげるよ、と。 ただひたすらの、無音の世界。 聴こえるのは自分の息遣いだけ。 それでも馴染んだ肌はこの手の中にある。 見えなくても聴こえなくても構わない。 あいつだって今ごろ全身を這い回る僕の指と唇を感じているだろうから。 ああ、それと、反応しちゃってる僕自身をも。 それを後ろの窪みに当てて、ぐりぐりと突いてみる。 メフィストの体が自然に開かれてゆくのが分かる。 可愛い奴だよ、まったく。 さあどうしよう? 早すぎるかと一瞬迷ったけれど、僕のほうがもう我慢できなくなっていた。 僕は後ろから影を押さえつけて、彼の中に一気に侵入した。 黒い闇に吸い込まれているみたいに見える僕の先端。 引き出そうとすると、離さないとばかりに影は膝を立て、僕を追ってきた。 もう終わりが近い。 僕は幻聴だけに耳を傾ける。 それはいつも聴いていた、朱い唇から洩れる愉悦にみちた吐息 駆け上ってゆくにつれ解放される、狂乱の甘い喘ぎ。 多分きっと…。 僕は白熱した思考の中で考える。 きっと今メフィストは向こうで一人、そんな声をあげてるに違いない。 倫敦との時差は九時間。あちらはもう朝か。もしも外出中だったら、悪いね。 あいつ―――、怒っているかな。 ちょっとだけ僕は不安になる。 だけどお前がいけないのさ、メフィスト。僕を一人にしたりするから。 これに懲りてもう二度と、僕から離れないようにね。 それに今夜この腕の中でお前の影は、 いつも以上に激しく乱れていたと思うよ。 「お前もイイだろう?見えない相手に抱かれるってのもさ」 ぐったりと横たわる体を指で辿ってゆく。 想像力だけが総てを決する世界を、思ってたよりずっと愉しんだ僕がいる。 なにしろ遠い地にいる恋人を、この街にいながらにして イカせてあげられるのだ。 こんな楽しいことなんて、そうそうないだろう? 「さっさと帰って来いよ、メフィスト」 聴こえないと分かっていても、耳元で僕は囁く。 「影と本物、食べくらべてみたいんだから、さ」 <何処へもいけない>のなずなさんより。 アンケートで、「みなさんで激甘黒白小説を送りつける」という発言をなさったために、 言いだしっぺの責任から送ってくださいました。 気になさらなくとも良かったのに、と思いつつも、貰ったものは意地でも離しません。 こんな素敵なSM小説を書かれたなずなさんに感想がいいたいの!と言う方は、リンクからどうぞ。 それでは、ありがとうございましたm(__)m 2003年3月25日 ちなみに、いずみが書いたメフィVer.が見たい人はコチラから。 *ブラウザを閉じてお戻り下さい* |