恋慕 extra *いずみ遊*
夜が陸風とともに落ちてきた。
空は輝き、地上は眩しさを持って夜の魔物を追い返そうとしている。
ただ、一点の暗闇を除いて。
ぐっと押し付けられた腰に、白いケープが波を打つのに合わせ、
桜の大木からはらりと薄紅の小さな花が舞った。
そうして出来た桜の絨毯は、深海を思わせるこの部屋で揺蕩っていた。
メフィスト病院、院長室。
この世の何処にあるとも知れぬその部屋では、今、
堕天使ですら目を背けるような背徳の行為が行われていた。
「せつら……」
快楽に眉を顰めたメフィストは、右手で相手の肩を押さえ、
常ならぬ様子で自分に覆い被さる男の名を呼んだ。
中途半端に行為を止めさせられたせつらは、
右手を払い、最後まで自身をメフィストの中に入れてから
息をついた。
「何?」
不機嫌を隠さない声音に、メフィストはそっと溜息をついた。
器用に身体を反転させて、ペットボトルの水を飲む姿は
いたって平和そのものだったが……。
「何か私に言いたいことがあるのではないのかね」
夜香を使って、回りくどく喧嘩(とはせつらの一方的な解釈だが)の
収拾を図ろうとして、挙句、何も言わず無条件降伏の勧告だ。
そして、院長室へやって来て「大人しくベッドにあがれ」。
その一連の行動の意図は理解できても、
行方は五里霧中状態だった。
「別に。おまえをめちゃくちゃにしたいだけだし」
そう言って、ペットボトルを床に投げ捨てると、
再び腰を動かし始めた。
数枚の花びらが、衝撃で舞ったが、ベッドの縁までは辿り着かず
そのまま元の場所へと散った。
「では、私の話を聞いてくれないかね」
無理矢理うつ伏せにさせられながら、メフィストはクッションに向かって
言った。
聞いていない振りをして、大きく腰を打ちつけたせつらは、
得られる快楽に息をもらした。
それに、先ほどとは違う衝撃に、シーツに沈み込んだメフィストの
低い喘ぎが重なる。
せつらは、腕をメフィストの腰に回し、ぐっと持ち上げて
挿入をし易い体勢にさせる。
「せ……」
次の言葉を許すまいというように、行為を激しくしたせつらに、
メフィストはそれ以上、何も言わなかった。
三時間後。
「眠い」
結局、昇りつめることを許されなかったメフィストが、
身体に熱を溜めたまま聞かされた言葉が、それだった。
非道としか言えない言葉を聞いても、メフィストが怒らなかったのは、
彼自身の性格もあっただろうが、その言葉を言ったせつらが、
いつもの表情をしていたからだった。
「せつら」
この数時間で何度呼んだか分からない名前を、
メフィストは真摯に言葉にした。
漸く、話を聞く気になったのか、せつらは顔だけを彼の方へ向けた。
「夜香から聞いた」
「ああ……」
「あいつは、おまえの名前なんか出さなかったけど、
100人いれば100通りなんていうベタなセリフを吐くのは
あいつの周りでもおまえくらいだろ?」
メフィストは苦笑しながら、せつらの乱れた髪を梳いてやった。
そして、気持ちいいのか、身体ごとこちらへ向いてきたせつらを
緩く抱き締めた。
「僕がおまえの考えを知らないとでも思ったの?」
「いや、忘れたのかと思った」
「馬鹿。そんなんだから僕が怒った理由すら分からない」
口を尖らせてみる割に、その表情はもう怒ってはいなかった。
「君が私を想うよりも、私は君を想っている自信があるよ」
メフィストは目の前でキスをせがむ唇に近付きながら、
そう言った。
しかし、せつらはその口を指で制した。
「甘いな、メフィスト」
風も無いのに桜が舞う。
薬の効果がもう切れ掛かっているのか、その姿は薄れていた。
桜越しに、夜の闇が揺れる。
朝はまだ遠そうだ。
「僕がおまえを好きなんだ。
おまえがどう思ってようとそれだけは変えられない」
そこには、永遠も、最後も関係ない。
ただ、自分が愛しているという事実だけ。
「せつら……」
「ん?」
「もう一度、抱いてくれないかね」
桜はもう、消えてしまったけれど。
なぜか最後激甘。せつらに抱いて欲しいとねだるメフィを書いてみたい。
お待たせした挙句に18禁度はあまり高くありません……ごめんなさい。
精進します。
いずみ遊 2005年6月7日
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