the aroma of Love *いずみ遊*
「浮気性のあなたが、一人の男を愛し続けているというだけで、
この街の凄さが分かるわ」
遠い昔、同じ師に学び、寝食を共にした女がそう言った。
微かに香る、柑橘系の香り。
どうやら、私にも彼女にも等しく時間が過ぎたらしい。
女が香水を変えるのは、男を変えた証だと、
そんな確証もない話を、彼女は時としてしたのだった。
「漂う妖気、溢れる暴力。
何もかも理想的。
ねぇ、メフィスト?私はここで暮らしたいわ」
「私の許可など必要あるまい」
彼女は、大胆にスリットの入ったスカートを翻して
窓からこちらへと振り返った。
首を傾げて、上目に私を見るその姿を
愛していた時期もあったのだと、そう思う。
「あなたの恋人の許可は?」
そう問われて、私はソファーに寝そべっている
黒衣の青年のことを思い出した。
彼女が何かをしたのか、一向に起き出さない。
それとも、狸寝入りを決め込んでいるのかもしれない。
後者の確率の方が高い気がして、
私は知らずに微笑んでいた。
――可愛らしく嫉妬などするのか、この男も。
「この街の住人になれるか否かはこの街が決める。
住んでいる人間は、この街の駒でしかない」
彼女は理解したのかしないのか、そう、と呟いて、
ソファーに近付いた。
すうすうと世にも平和な寝息を立てて、彼が寝ている。
その頬に、彼女は手を伸ばした。
「今、ここで……」
彼女はそう言ってから、急に笑顔になり、帰るわ、と宣言した。
不自然な行動も、流れる一連の動作に、有耶無耶になってしまう。
この女は、昔からそういうところがあった。
毛皮のコートを羽織った彼女は、また気が向いたら
お邪魔するわ、と言った。
その言葉に、お茶の一杯も出していないことに気が付いた。
今更、どうすることもできないが。
閉まる扉の向こうで、白い肌に鮮やかな色が浮かんで消えた。
「いつまで、寝ているつもりかね?」
彼女が去った後も一向に起きようとしない彼に向けて
そう問うと、黒い塊が、ようやく動き出した。
「悪夢だ」
一言吐き棄てるように言って、背伸びをする。
「おまえは鈍感すぎる」
告発の言葉も、茫洋とした雰囲気に流される。
けれど、今の彼は、本当に怒っているらしい。
背後から近付き、彼の躯を自分の両腕の中に拘束すると、
彼は顔を上向け、口付けをせがんだ。
「昔の女と、今の恋人が、どうして同じ場所で同じ空気を
吸わなきゃならない」
やはり、嫉妬らしい。
本人は全力で否定するだろうから、口には出さない。
その代わりに、逆に彼を告発する。
「……かと言って、彼女の首を切ることもあるまい。
ここがメフィスト病院だということを忘れたのかね」
透き通るような肌に浮かんだ朱が脳裏を掠める。
彼は、軽く肩を竦めて、私の腕から逃れるように
ソファーから立ち上がった。
それはまるで、私を拒否しているようで、
胸が痛む行為だった。
「何を言ってるんだ。あれは、正当防衛だ。
先に僕の首を絞めようとしたのはあの女だ」
頬に触れる指先、無表情な横顔。
彼女の狂気は、発作的に起きる。
彼は彼女と同じく真っ黒なコートに袖を通すと、
つかつかと扉の方へと向かった。
「メフィスト、おまえが僕を欲しがってるんだ。
僕は別に、おまえ程、おまえのことを欲していない。
忘れるなよ?」
――勢い良く閉められた扉で起こった風が、
何時もとは違う、彼の香りを伝えてきた。
神無越さんによるリクエストです。ありがとうございました!
題名に、「嫉妬の香り」しか浮かばなくて困りました(笑)
いずみ遊 2004年4月22日
*ブラウザを閉じてお戻り下さい*
|