Daily life *いずみ遊*










「むう……」

 秋せつらはソファに沈み込みながら、
どうにも納得行かないといった唸り声を上げた。
読みかけの雑誌を閉じては開き、開いては閉じ、
落ち着きの無いことこの上ない。

「あのさぁ、メフィスト……」

「何かね?」

 目の前で同じ様にソファに掛け、
豪華な装丁の施された本を読んでいたドクター・メフィストが
顔を上げる。

「いや……なんで?」

 居心地悪そうに、手元にクッションを引き寄せながら、
せつらが首を傾げる。
それも、まるで照れ隠しのよう。

「目、悪かったっけ?」

「さて」

 白皙明朗の医師の顔に、細いメタルフレームの眼鏡。

「そうやると、本物の医者みたいだよね」

 皮肉も、何処か浮ついている。
せつらはぎゅっとクッションを抱き締めた。

「せつら、熱でもあるのかね?顔が赤いようだが」

 そう言って、医師が腰を浮かし、手をせつらの額に当てようとする。
うわわ、と奇声を発し、せつらは思わず、その手から
逃れてしまった。

「どうしたのかね?」

 全てを見通した笑み。
段々と囲われていく自分に気付いて、
せつらは、やばい、と作り笑いをして何とか誤魔化そうとした。

「な、んでもない」

「何でもなくないだろう」

 メフィストは、せつらの顎を取り、顔を上に向かせた。
心持ち潤んだせつらの瞳に、メフィストは患者にする以上に
優しく微笑んだ。

「愛しているよ」

「!」

 ――逃げ道など、何処に残っているというのか。









「や……ぁっ……」

 せつらをベッドに押し倒し、不埒な行為に出ようとした
メフィストの顔には、まだ、その見慣れない眼鏡が
掛かっている。
せつらは気になって何度も外そうとするが、
その度にひょいと身体を逸らされてしまう。

「メフィ……とって……」

 必死で頼むが、やはり、別に困ることもあるまい、と
却下される。
困るも困らないも、そんな……。

「別人みたいで、……」

「別人みたいで?」

 ずれた眼鏡を中指で押し戻す。
せつらの頬に、さっと赤みが走った。
それを見て、メフィストが唇を逆三日月にゆがめた。

「すぐにこんなこと気にならなくして差し上げよう」

 ぐっと押し付けられた腰に、甘い悲鳴が上がる。
しっとりと媚薬を含んだ空気は、
院長室に有るまじきものではあったが、
絡み合う二つの影の美しさは、
いつも全てを有耶無耶にしてしまうのだった。











 ぐったりと、心地よい眠りに旅立ったせつらの横で、
メフィストはようやく眼鏡を外した。

「君の従兄弟も、たまには役立つ」

 そんな囁きも、せつらには、届かないけれど。
















眼鏡好きが多いと信じて……日常の一コマでーした。 いずみ遊 2004年3月23日





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