Merry Christmas ! *いずみ遊*
りん……
一度、寒空の下に玲瓏な音が響いた。
雲隠れした月が淡い光を注ぎ込む新宿の街で
りん……
もう一度、鐘の音が。
ふと、希代の美を持つ医師が、読んでいた書物から顔を上げた。
「メリークリスマス」
呟いたのは、どちらだったか。
院長室の扉を開けて、悠々と入ってきた人物は蒼い光に暗く照らされた。
「だからー、嫌だって言ってるだろ」
煎餅をひっくり返しながら、片手の携帯電話に向かって
そう茫洋と言い放った秋せんべい店店主、秋せつらは
目の前の客に、お愛想程度に微笑んだ。
それだけで、フリーズしてしまった客の相手を
暫くしなくていいからだ。
「おまえの依頼を受けて、良い思いをしたことがない。
……いや、そういう問題じゃなくて」
電話口でさらにいくつかのやりとりがあった後、
電波で繋がった向こう側から、世にも美しい声が
こう呟いて、終止符が打たれた。
『矢来町の女を忘れたわけではあるまいな』
「……!」
どのような無言の話し合いが行われたのかは、
常人には窺い知れないが、
せつらは参りましたと頭を下げた。
「ありがたく引き受けさせていただきます、メフィスト先生」
ちょうど、その時、フリーズから回復した客が意味も分からず、
「厚焼きせんべい100袋ください」
とのたまった。
空から降る、可憐な鈴の音。
何かしらと上を見上げた少女の前を、人間が飛んでいる。
「さぁ、お嬢さん、プレゼントを……」
どこか朗らかで、優しい、口調で。 |
少年少女連続失踪事件、とセンセーショナルにテロップが
打たれた画面の中で、ニュースキャスターが無機質に
原稿を読み上げていた。
『現在、行方が分からなくなったと、捜索願を出されているだけでも
48人の少年、少女が失踪しています。
警察は、暴力団や風俗店との関与を中心に調べている模様です』
特別応接室で、そのニュースを見ていた神と天使、
いや、ドクター・メフィストとせつらは、無言で互いの顔を見た。
いっそそのまま、と誰もが願わずにはいられない時間は一瞬で終わった。
「まるで、年末一斉のガサ入れだな。
いくつ暴力団がつぶれるか見物だね」
「事実、それが目的にしかすぎぬ」
「……で、手札を全て裏返せよ藪医者」
せつらは、せんべい屋ではなく、副職の人捜し屋の顔で、
メフィストに凄んでみせた。
あまり、怖くないのが、せつらの怖いところである。
「警察にはしっかりと情報を横流ししといて、
自分が依頼した人捜し屋に何一つ教えないとは何事だ」
「まずは、君の手札を全て見せるのが、被依頼者として当然の行為だと思うが?」
冷ややかに言ったメフィストは、ティーカップを手に取った。
秋の三日月のような唇が、カップに触れたその瞬間、
カップの下半分が、惚れ惚れするような切れ口を見せて切り取られた。
零れるはずの紅茶は、美しい医師のもとを離れたくないとでも
いうように、その場に留まっているようだった。
「次は首だ」
微妙に右手を動かしながらせつらが言った。
「おもしろいことを言う。
切れるのかね?このドクター・メフィストの首が」
空気が濃度を増したようだった。
そんな重さを振り払うように、せつらはソファーから立ち上がった。
「何を、そんなに隠し立てする必要がある?」
言下に、警察に直接訊けば分かることなのに、と滲ませる。
「連続失踪、という言葉に、引っ掛かりはしないのかね」
せつらは瞳を細めて、医師を見た。
確かに、失踪が連続のものだと分かっているということは、
少年、少女たちの失踪に何か共通の手掛かりがあるのだということを
せつらも気付いていた。
「130人まで消える?」
ぼんやりと訊ねる。
メフィストは微笑んだようだ。
「さて、そんなことはあの男に聞いてくれたまえ。
一介の医師には関係のないことだ」
関係ないなら依頼するな、という言葉をぐっと飲み込んで、
せつらはドアノブに手を掛けた。
部屋を出る際、思いついて呟いた。
「昔の男の処理くらい自分でつけろ」
白い医師の動揺が伝わってきた。
太った情報屋から手に入れた情報では、
少年少女連続失踪事件は、公表・未公表合わせて86人の失踪者がいるらしい。
そして、幾人かは、「失踪の現場」を目撃されており、その目撃証言は曰く
「まるで天使みたいに飛んでいってしまったんです」
「霧みたいに、すーっていなくなった」
など、ここが<魔界都市>でなければ
一笑に付されてしまうようなものだった。
その中で、せつらが注意を置いたのは、次の証言だった。
「一瞬、鐘だか鈴だかみたいな音がしたんですよ。
後からクリスマスだからかなぁとも思ったんですが、
あの辺、店も何も無いし……」
りん……
一度目はその足を止めるため
りん……
二度目は口を開かせるため
りん……
三度目は連れ去るため |
影は、鈴をゆっくりと懐にしまった。
目の前にいたはずの少年は跡形もなく消えていた。
満足したように頷くと、影は歩き出しかけた。
「そんなに急いでどこいくの?」
誰もいないはずの往来なのに、声がした。
闇の中を蠢いていた影が、その声の美しさに思わず動きをとめた。
そして、せつらの姿を認めて、再びしまった鈴を取り出そうとした。
しかし、その手は、中途半端なところで、留められた。
無理に留められたのだ、というのが、そのぎこちなさから知れた。
「何してたの?」
不可視の糸で、得体の知れない影を
声が出ないほどの苦痛にあわせているというのに、
せつらはいつもの調子で呟いた。
「見つかってしまったか」
せつらの背後で、声がした。
とっくに気付いていたのか、せつらは悠々と振り返る。
「見つかってはいけないことをしていたの?」
再び、糸が走る。
が、その前に、一つ、鈴が鳴った。
りん……
せつらも、影と同じ様に動きを止められた。
「奇麗な顔のお兄さん、誰の差し金かな?」
塀の上にひらりと飛び乗った男が、月をバックにそう問う。
りん……
二つ目の鈴がなり、せつらの口が開きかける。
「さぁ、三度目で、俺の素敵な家へご招待だ」
うっとりと、男が言ったその時、せつらの背後、塀の男の前で、
小さな悲鳴が上がった。
今までせつらが絡めとっていた影が、ばらばらに散らばっていた。
「なっ……!」
驚きとともに男が固まる。
立場が逆転したことにではなく、目の前の黒い天使が、
いきなり違う人物に思えたことに。
「私にそのようなものがきくと?」
月ははっきりと、その姿を映し出していた。
秋せつら。
一人の魔人の姿を。
「ハーメルンの笛吹き」
日本では主に、知らない人にはついて言ってはいけないという
教訓とともに子供に語り継がれている物語だ。
しかし、この話が史実をもとにしていることはあまりにも有名な話である。
1284年6月26日、ドイツにあるハーメルンの村にて、
130人の村人(子供か成人かは諸説ある)が忽然と姿を消した。
様々な学説があるものの、未だに定説はない。
「が、愛人なんて、おまえは一体どんな交友関係をもっているんだ」
捉えた男を院長室に連れ込んだせつらはそう言って、
男とメフィストを慌てさせた。
「おい、誰がこんな男の愛人だって?
そんなもんになるんだったら、舌切って死んだ方がマシだね!」
男はそう言って、せつらからの同意を得た。
「さ、僕の仕事はここまでだから、帰るよ。
後はお二人で解決つけてください」
そう言ってくるりと背中を向けたせつらに、背後から
二つの声が掛かった。
「待ちたまえ」
「おい、てめえには用が……!」
せつらは肩をすくめて、関わりたくないという意を示した。
「年末だし、店にもどんなきゃなんないんだよ。
報酬はいつもの口座にいれといてくれればいいし」
「そうもいかぬ。
君は、契約不履行によって、私の依頼の続行という
重大任務が残っている」
その重苦しいメフィストの声にせつらはようやく足を止めた。
「契約不履行?」
「探し人や、その周囲のものに危害を加えるな、とそう言った筈だが?」
そんなことは、と言いかけてせつらは顔を顰めた。
僅かに、何かを切った感触が残っている。
「あれは、僕じゃなくて……」
そんな言い訳は利きそうになかった。
りんりんりん……
<魔界都市>の上空に、鈴の音が響き渡る。
今宵はクリスマス。
さて、良い子たちは眠っているかい?
「何だってこんなことに……」
新宿上空で、せつらが盛大な溜息を吐いた。 |
「さんたくろーすぅ?!ハーメルンの笛吹きは何処行ったの?!」
院長室でこんなに大きな声を上げたのは、
後にも先にも秋せつら、ただ一人だろう。
「そう、俺はサンタクロース。
ハーメルンなんてそんなこと、俺は一言も言っちゃいない。
君がばらばらにしてくれちゃったのは、俺の大事な大事なトナカイくん。
今、かわいそうにメフィスト病院にて”修理”中」
「サンタクロースって、子供たちにプレゼントを配る人、
だよね?」
なんで、子供を浚うんだよ、とその目が問う。
それじゃあ、ハーメルンの笛吹きと間違えられても
仕方ないだろと。
男――自称:サンタクロースは、いやぁ、と頭をかいた。
「サンタクロースなんて、最近の子供はしんじねーだろ?
後継者がいなくてさぁー、
一回、仕事をさせてみれば、やりたいってやつも
でてくんじゃねーかと思って。
あ、もちろん、バイト代は払ってるぜ!」
「それで拉致?」
「新宿なら、子供が大量に減っても、それほど騒ぎにはならないだろ?
しかも、この街にはドクター・メフィストっつう
虫唾は走るが、それなりに使えるやつがいる。
多少、やりすぎても事態は大きくならないと踏んでだな」
「迷惑な話だ」
言われたい放題の院長は、黒檀のデスクで本を読みながら
むっすりと言った。
「その鈴は?」
せつらは懐にしまわれた鈴を指差す。
「ああ、これは、一回鳴らすと相手の動きを止め、
二回目は相手に思い通りのことを言わせ、
三回目に相手を思い通りのところにつれていく魔法の鈴さ。
夜中に子供が目を覚ましたら、これで対処する」
「なるほど……」
道理で笛ではなかったはずだ。
「さて、秋とか言ったか?
おまえにはやってもらわなきゃならないことがある。
まぁ、俺が、メフィストんところの患者に手を出してしまったから
こんなことになっちまったってのもあるから、そう大きなことはたのめねえけど」
トナカイの修理が間に合わないからさ
「トナカイになってくれよ」
聖夜。
サンタクロースを載せたソリが、不可視の糸によって、
空を滑る。
まぁ、いいか、という顔をした黒い天使が、
その後をふわりと飛んで行った。 |
Merry Christmas!
サンタクロースを捜すせつらという図がぽんと浮かびまして、時間が空いたので
書いてみました。はっぴーくりすます! 2004年12月23日 いずみ遊
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