戯言のように *いずみ遊*






 無駄な仕事をやった。
依頼人に捜せと言われたから、捜したのに、
相手に新しい恋人が出来ていると知ったら、
「やっぱり、そんな人間はいなかった。捜さなくてもよかったのに」
と言われた。
 お金は貰ったけど、なんだか釈然としない気分だ。
大体、相手に恋人がいた位で、
その存在を抹殺するとはどういうことだ。
一度は愛し、そして危険を覚悟で<魔界都市>まで
探しに来たというのに。





 この話をすると、メフィストは微笑した。
きっと、依頼人が女だからだ。
やはり、女は子宮で物事を考える生き物だ
とでも思ったのかもしれない。

「それで、君は肉体的にも精神的にもお疲れだと言うわけか」

「そう……――」

ゆっくりと寝返りを打つ。
メフィストのベッドの上で……――

「ねぇ、おまえ、このベッドで寝てるの?
っていうか、寝るの?」

 大の字になって聞くと、メフィストはちらりとこちらを見たらしい。
というのも、メフィストはさっきから机に向かったままなのだ。

「眠る時もある。
君は、私を眠らない怪物とでも勘違いしてはいないか?」

「僕だけじゃなくて、区民はみんなそう思ってるだろうよ」

「そうかね」

 メフィストが書類にペンを走らせる音が微かに聞こえる。
この部屋に忙しいだろう病院の喧騒は入ってこない。
メフィスト病院院長室。
神が住む部屋だ。

「ふわああっ。なんだか眠くなってきた」

「ならば、寝たまえ」

「……冷たいよね、おまえ」

何時もなら、そんなことは言わないのに。

「そうかね?何時も通りだが」

「最近はそういう態度が『何時も通り』だよね」

 言い放って、そのままメフィストに背を向けた形で寝る。
――……眠ったフリをする。





 暫く止まっていたペンの音が、また始まる。
本のページを捲る、音。
コーヒーカップを手に取る、音。
喉が……動く、音。

目を閉じると、静寂が占めるこの部屋にも
様々な音がすることが分かる。
全てが、メフィストの立てる音。

 息を深く吸い込むと、可憐な花の香りがした。
どうやら、本当にメフィストはこのベッドで眠っているらしい。
<魔界医師>の謎が一つ解けた。
無論、誰が得をする訳でもないが。





 本当に眠くなってきた。
そういえば、昨日は殆ど寝てないんだっけ……。
何を……して……。
…………。

















































「……く。私の理性で、臨床実験でも行っているのかね、君は」

 …………声がする。
誰だろう……?

「診療用のベッドを使えばいいものを……――」

 柔らかく、頭を撫でられている。
ふわふわとした意識が次第にはっきりしてくる。
メフィスト……?

「……このまま縛り付けてしまおうか……」

 何やら平穏でない言葉を吐きながら、
メフィストは頬を撫ぜてくる……
あまりの気持ちよさに、溜息が出る。
ああ、心地良い……――


 あの依頼人は、こういう風に愛しては貰えなかったのだろうか。
ふと、思った。
相手に恋人が出来たからと言って、
その存在を消してしまえるのは、どうしてだろう……。
幸せではなかったのか?

 僕だったら、どうするだろう。
<魔界都市>まで追いかけてきた相手に、
既に新しい恋人がいたら……――
それでも、会うだろうか?

「せつら……」

メフィストの唇が頬に落ちた。
そのまま、輪郭をなぞられる。


 会うと……思う。
それでも、会いに行く。
そして、忘れられないのだと、そう告白する。
相手にも忘れて欲しくないから、
もっと印象的なことをするかもしれない……
いや、或いは、殺してしまうか……――

 そこまで考えて、自分ながらぞっとした。
好きになった相手を殺したいとは。
果たして、それは眠った相手に口付けをするという
暴挙に出たこの白い医師にも通用するのか。
いや、それ以前に、通用させる範囲に彼を置くのか。








 何度目かの口付けを受けた後、
寝言のように呟く。

「……スト……好き……」

 暫し、動きを止めたメフィストは、溜息交じりに笑うと、
そっとベッドから離れて行った。
起きていることに気付いていたのかも知れない。
それでもいい。









 おまえが、<魔界都市>からいなくなったら、
きっと僕は世界中、探し回る。
そんな気がする……――












いずみ遊 2002年4月28日



*ブラウザを閉じてお戻り下さい*