You are my killer? *いずみ遊*














 手に滴るのは、生々しい原色の赤。
不可視の糸からぽたり、と空間の間隙から生み落とされるみたいな血の粒。

「……」

 言葉すら見つからない。
僕の様子をみて、彼はひっそりと笑みを漏らした。

「君の……」

 ”君の勝ちだ”か、それとも……。
児戯の如く始まった戦い。
もうすぐ夜が終わることを知って互いに武器を取った、戯れのはず。

 大きく息を吸って、僕は倒れ込む彼に手を伸ばした。
命中など、決してするはずのなかった、糸。
背から槍を受けた瞬間、僅かに動きがずれた彼に弾みで巻きついただけだったのに。
その瞬間を、「私」が見落とす訳が無かった。






 カア、と上空で鴉が鳴いた。
蒼い人工の瞳を持つ少女が手を伸ばし、その大鴉をそっと止まらせた。

 頚動脈を正確に切り裂かれた彼は、暫く、視線を彷徨わせた後、
少女の肩で、開いた口の塞がらない鴉を目に留め、
そして興味を失ったように、再び僕へと視線を返した。
見る見るうちに血の気を失っていく肌が、こんな時まで美しいのだから仕方ない。

 僕は彼の瞳をじっと覗き込み、そこから何時もの光が、闇が、消えていくのを
細部まで観察した。
そこに、意識など、存在しなかった。






「さま……せ……せつらさま……」

 少女が何度も呼び掛けている。
何処か、遠くの出来事のようで。
何も映さない目。
瞼を閉ざしてやる。
皮肉も、面倒なことも言わなくなった唇。
ああ、これがお前という入れ物なのだ。

「殺してほしい?」

 彼が作った血の海に浸っていた青天鵞絨の鞘を右手に取る。
吸血鬼は、杭でその胸を穿たなければ、永遠の生を生きる。
急激な血液の損失により、意識を失った彼は、それでもまだ生きてはいるのだ。
それが、彼であるのかどうかは別として。

 鞘を握り締め、その切っ先を胸に当てる。
上下すらしないそこは、当たり前の如く、鼓動すら伝えてきやしない。
じっとりと、手のひらに汗が浮かぶ。
早くしなければ、太陽が地平線を越える。
そうなると、彼はあの吸血鬼のように、汚らわしい存在になってしまう。
生かすか、殺すか。
それは全て、今、僕の掌握するところにあった。











「……ふ、……はははは……」

 白い光。
見慣れた天井。
彼の瞳が最初に映したのは、恐らく、その二つ。

「誤って天の国に迷い込んだのかと思ったぞ、せつら」

 そっと指を首筋に這わせる。
そこに傷口など、最早跡形もなかった。
当然だ。
メフィスト病院での手術跡が残るなんて、聞いた事もない。

「残念だね、それは。
お前は二度と、天になんて昇れないよ」

 丸二日、眠りこけていた医者の横で、僕は背伸びをして欠伸を一つ。
それを彼が見咎めて、僕の二の腕を掴んで引き寄せる。
慌てて靴を床に転がして、されるがままにベッドに上がりこんだ。

「君も、百億分の一程度は残されていた天への道を断たれたということだ」

「あー、そうさ。感謝したまえ。
こんな、毒にしかならない医者を殺さずに、病院にまで運んでやるだなんて、
僕は一生、自分の運命を呪うんだろう……」

 彼は口の端を微かに歪めて、顔を近づけてきた。
暫く逡巡した後、僕も瞳を閉じる。
重なる唇。
少し、冷たい。
舌を差し込まれ、思わず、ぞくりと背筋を這い上がるものがある。
微かな血の味。

「噛むなよ」

 小さな忠告は、逆に彼を煽ったらしい。
散々、口内を犯した後、彼の唇は首筋へと流れた。
乱杭歯が、肌を弄る。

「……殺しておけばよかったかな……」












「結局、どっちに転んでも、お前の勝ちだったんだろ?」

 シャツのボタンを留めながら、
再び深い眠りに落ちた、親愛なる吸血鬼を肩越しに振り返った。
殺せば、彼は永遠に僕を留め、
生かせば、僕は永遠に彼を留める。
――お互い負ける勝負なんて、端からしない。

「おやすみ、メフィスト」

 額に口付けを落として。
暫くは、おまえが倒れるところなど、見たくないと願いながら。







――……今度逢う時は、多分、きっと敵同士だけど。








一言BBS4800キリ。「せつらvsメフィスト」By陸さん。お待たせいたしました。
お題を聞いた時に夜叉姫伝しか浮かびませんでした。パラレルストーリーです。
……一応、注釈をつけておきますが、黒白です。……せつvsメフィですから。
ええと、リクエスト、ありがとうございましたvコレに懲りず、またリクして下さいね。
 いずみ遊 2003年4月28日






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