久々に見上げた空が、限りなく青かったからだ。
昔日 *いずみ遊*
誰もがこの喧騒が続くと信じて疑わなかった、
何の変哲も無く過ぎ行く無数の日と違わぬはずだった日、世界はその牙を剥いた。
人々は後に、その日を、この世に魔界が現れた日として
深く恐怖と悲しみとを半々に胸に刻むことになる。
「何が、<魔界都市>だ」
呟いた青年は、そっとその唇に妖艶な笑みを刷いた。
長年、日の光に当たって居ないような――それは、歴然たる事実だったが――
白い肌が、珍しくぎらぎらと輝く太陽に曝され、痛々しい。
彼は、決して遅いとは言えぬ歩調を保ったまま、
JR新宿駅を東口から西口へと迂回していた。
最早、駅としての機能を備えて居ないその建物は、様々なものの住処であった。
人を見れば、直ぐに喰らいつくようなものもたくさんいる。
彼の手腕ならば、駅を横断していくことも可能であったが、
今はその様な戯れな殺傷をしたい気分ではないらしい。
水分を含んだ陽気のなか、黒いインバネスを羽織り、
汗一つかかずに歩く彼は、周囲に冷気すら感じさせるような秀麗な青年だった。
ふと、彼が歩みを止めた。
時も同じく止まった様だ。
広がる青空。住宅地にある、通り。
子供が、二人。
……二人?
時が、逆行を始める。
『ねぇ、せつら。何処か遠くへ行ってみない?』
遠い日の言葉が蘇る。
あの時と、同じ風景。
『うん』
何を考えているともしれぬ幼馴染が、あの茫、とした笑顔で
頷いた時は、彼も子供ながらに驚いていた。
彼の幼馴染が彼の言うことを聞くなど、滅多に無いことだったから。
『知ってる?こういうの、たび、って言うんだ。』
『ふーん……』
小さな足で、大きすぎる運命を背負った二人は、
しかし、未だ、己のことなど、知る由も無かった。
ただただ、目の前の道を一歩ずつ踏みしめる。
『空の向こうまでいけるかな』
指差した先には、真っ直ぐ続く道。
それは、吸い込まれそうな空を、突き抜けているような気がしたから。
『お腹が減りそうだね』
のほほん、と返す幼馴染を、少し、笑った。
空が道よりも遥か上空にあると知った頃には、彼と幼馴染の間にははっきりとした別離があり、
それに関して感傷も何も無いはずだった。
彼は僅かに眉を顰め、そして、再び歩き出す。
意図的に、西新宿方面へ向かうのは避け、大久保へと進路を変える。
彼の足元を飾る影は、伸びる方向を失い、
インバネスも風を靡かすことをしなかった。
通りに咲いた禍々しい花たちは、ある時間になると一斉に毒を吐き出し、
視界の隅に入る奇妙な虫も一瞬で人の血を吸い取る。
彼の知る<新宿>は、変わってなどいない。
しかし。
彼にはある確信があった。
<新宿>は、これから更なる進化を遂げるのだ、と。
そして、それは疑いようも無く、彼の仕事だった。
今日は暑くなりそうね、と犬を散歩させていた老婦人が、独り言を言う。
黒いインバネスは、昔日の思いを何処かに捨て去り、角を曲がった。
一言BBS 4777キリ。「旅行」By香雪蘭さん。
旅行、と聞いて真っ先に思いついたのはいいのですが、
書き起こす時間がありませんで、すいませんでした。
魔王伝が余程好きみたいに見えますね、私……。
リク、ありがとうございました。 いずみ遊 2003年4月14日
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