Play with Me? *いずみ遊*












 穏やかな冬の午後の日差しは部屋には多く差し込んでは来ない。
わざわざ窓際に椅子を引き摺り、レース越しの光で本を読む。
背中がじんわりと温まり、暖房をつけなくとも十分に暖かい。
そうして秋せつらは一時間ほどそこに座っていた。

 横顔は至って真剣だが、読んでいるのは雑貨のカタログである。
勿論、そんなものがこのメフィスト病院の、しかも院長室という場所に
無造作に置いてある筈が無く、それはせつらが自ら持ち込んだものだった。
赤一色の家具が載っているページや、デザイン性を重視した雑貨を
まるで「神曲」を読むが如くに眺めている。
――勿論、読み手の美しさがそう錯覚させるのだが。

 不意に、その調和を乱すものがあった。
せつらはゆっくりと顔を上げる。

「……久しぶりだな」

 重厚な院長室のドアを音も無く開けたのは仮面をつけた男だった。
<魔界都市>ならば、仮面を被り一生を終えるものもいるだろうと誰もが納得出来ようが、
その仮面の精巧な作りに、作り物の美しさに溜息を吐くだろう。

「メフィストならいないよ」

 一目彼を見ただけで、せつらは直ぐに雑誌へと目を戻した。
そんな態度を気にした風もなく、男は歩を進めた。

「そこで待てばいいだろ?中に入る必要なんて無い」

「嫌われたものだな」

「お互い様だ」

 それでも男はせつらに近付いた。
ブルージーンズを穿いた長い脚が、15歩程歩くと、せつらの前に着いた。
望まれない客では無いのだ。
いや、そんなことは分かっている。
 手に持った、「AWSフラワー」と印字された透明なビニール袋に入っているのは
禍々しい花を咲かせた鉢植え。
それは院長が直々に注文をした品だった。
彼に。……秋ふゆはるに。

「本当は藪医者の反応を見たかったのだが、いないならば仕方ない。
どうせ使うのはおまえだ」

 ふゆはるは仮面の唇で言うと、せつらにもう一つ持っていた紙袋を差し出した。
せつらは訝しげにそれを見てから手を伸ばした。

「何これ」

「土産だ。この花を探しに海外へ出ていた」

 中を覗こうとせつらが紙袋の淵を持った時、ふゆはるは背後を振り返った。
部屋の持ち主が帰ってきたのだ。
ドクター・メフィストが。

「すまない。急患が入ったのだ」

「藪医者の癖に随分繁盛しているようで結構だな」

 <区民>が聞けば白目を向いて倒れそうな言葉を、ふゆはるは平然と吐いた。
それに対して、メフィストはお陰さまで、と言うに留まった。
そして鉢植えを受け取ると、嬉しげに唇を歪めた。

「有り難く受け取らせていただく。代金は何時ものところでいいかな?」

 ああ、と頷いて、ふゆはるはせつらに渡した紙袋を指差す。

「あんたへの土産だ。金は入らない」

「それはどうも」

 メフィストは紙袋を見てから、ふゆはるを見る。
ふゆはるは何処か笑いを堪えながら、口を開いた。
―それは仮面であったが。

「玩具だ。使用者に渡しておいたが、没収するなら今のうちだな」

「オモチャ?」

 せつらはがさりと紙袋の口にしてあったテープを剥がした。

「……ふゆはるくん」

 珍しく焦った口調でメフィストがふゆはるを振り返る。
既に彼はせつらとメフィストに背を向けて歩き出していた。
ふゆはるは、低く笑いを漏らしながら、手をひらりと振った。

「あまり遊び過ぎると<新宿>が混乱するから、ほどほどにな」









「麻呂亜……店長、何かあったのかしら?」

「柊子お姉さまもそう思われます?何か、良い事でもあったのかしら……」

「さぁ。さっきまで旧区役所通りの院長先生のところに行ってたはずだけど。
おれが配達に行くって行ったのになぁ……」









「……一体どんな顔をしてこれを買ったんだろう、あいつ」

 紙袋の中身を黒檀の大デスクに並べてせつらは一頻り手にとって
説明書などをふーんと言いながら読んでいた。
メフィストは一切、その話題には触れない、というように、
せつらが座っていた椅子へと腰掛けて雑誌を眺めていた。

「まぁ、あんな変な仮面被ってるからなぁ。厚顔無恥、か」

 うわー、これ実物初めて見たー、とくすくす笑うせつらに堪りかねたのか
メフィストはせつら、と呼びかけた。

「何?」

「何故このページに折り目が付いているのかね」

 メフィストが開いていたページを見て、せつらはああ、と何でもないことのように言った。

「いちいち汚れたソファー捨てるの勿体無いから、
ソファーにカバー掛けたらいいのに、と思って」

「……何処のソファーのことを言っているのかね」

「此処以外のソファーでもやっていいの?」

 メフィストはぴしゃりと雑誌を閉じた。














 日記4200キリ。「明るい黒白」By暁さん。明るいということで、背景色も珍しく黄色。
夢に見たのでそのまま書いたんですよ。
ちなみに私の夢の中では、拘束具とバイブと電流を流すのとリングが入っておりました。
貰って喜んでいた私って一体何者なんでしょう。
 いずみ遊 2003年2月3日



*ブラウザを閉じてお戻り下さい*