恋狂 *いずみ遊*






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 両手を合わせ口元へ持っていく。
はぁ、と白い息を吐いて暖を取る為に。
妙に指の動きが鈍い。
それは、彼、秋せつらにとっては致命傷とも言えるものであった。
普段であればこの程度の寒さで、指の動きが鈍くなるはずも無い。
けれど、その寒気が内側から来るものもあったとしたら……?

「後、30分」

 廃屋となったビルの屋上で一人立ち尽くしながら、微かに指を動かし続ける。
その白皙の美貌は、彼の副業が凄惨さを増すごとに
煌き始めるのだが……あまりにも顔色が悪すぎた。
もしも、今、彼のことを見ることの出来る人間がいたとしたら、はっと彼の足元を見ただろう。
自らの流す血溜まりに立つ黒衣の青年。
――空を行き交う鳥が、バランスを失うのもむべなるかな。
彼はあまりにも美しすぎた。












Turrr……

「何処にいるのかね」

「職務に関することはお前に一切言わないと決めている」

「それは、良い心掛けだ。
――……で、何処にいるのかね」

「女子医大の近くのビルだ」

「近いな……。五分で来られるか?」

「動けない」

「……ならば用件を手短に言おう。
奇妙な患者が運ばれてきた。
見る者によって、全く違う人物に見える患者だ。
怪我自体は重いものではない。
如何するかね?」

「お前には、其れは誰に見える?」

「それは、君の副業に役立つ質問かな」

「いや、……いい。後で行く。30分、待ってくれ」













 受話器を下ろしたドクター・メフィストと呼ばれる男は、
暫く考え込むように、電話を凝視した。
凝視された電話器が溶けてしまいそうな視線であった。
神の造りたもうた唯一無二の美しさ。
指輪を煌かすと、メフィストは空中に現れた看護師に向かって

「後25分、待ちたまえ」

 と言った。
そして、白いケープの裾を翻して院長室を後にする。
彼に一箇所に留まっておけと言うのは、不可能なことであった。
彼を待つ数多の患者が、それを許さないからだ。















 強い風が吹き付ける。
<新宿>の上空を覆う妖気は凄まじい威力で大気を動かしている。
殺風景な屋上に、今もう一輪、薔薇が咲いた。

「約束は30分後、では無かったのかな」

 この場に聴衆がせつら唯一人しかいないのが、勿体無い様な、
しかしそれが一番相応しい聴衆の様な声。

「依頼人に言ってくれ。僕は悪くない」

 今まで強張っていた横顔が微かに緩む。
メフィストは、地上を見下ろしたまま動かないせつらの方へ歩み寄った。
勿論、彼が負傷していることは屋上へ上がった時から気付いている。

「何をして……、仕事内容は秘密、だったかな」

せつらは微笑んだ。

「そういえば、久しぶりだね」

「そうだな」

「元気?って言っても、お前が元気一杯の所を見たことが無いし、
病気のところも見たこと無いけどね……」

「君はあまり元気じゃなさそうだな」

 メフィストは血溜まりを見ながら表情一つ変えず言った。
せつらは苦笑して、それでもなお視線を交えずに

「ちょっとヘマをしてね。
止血はしたんだけど何故か血が出てくる」

 メフィストはせつらの躯を上から下まで一瞥して、ふむ、と頷いた。

「傷口が移転されているのだろう」

「え?」

「手が、冷たいのだろう?」

「ちょっ……」

 白いケープが割れ、メフィストの手が出てくると、
ふわりとせつらの手を包み込んだ。
一瞬も躊躇う様子を見せなかったのは
<魔界医師>と呼ばれる男であっても大した度胸だ、と言わざるを得ない。
せつらの手には、チタン合金で出来た不可視の糸が握られているのだ。

「危ない」

「君が私を斬るとでも?」

「……藪め」

 せつらは言いながら、そっと瞳を閉じた。
その手の暖かさを、感じる為に。

 少しずつ、躯が本来の熱を取り戻す。
絶対的な血液の量は勿論、戻りはしないが、
欠けていた何かが、満たされていく。















「お捜しの人は、貴方自身ですよって言って納得してもらえるかな?」

「怪我をさせたのが信頼して依頼した人捜し屋だと知ってもという条件も付くがな」

「……ダミー一体用意してくれないかな」

「ずるい男だな」

「どっちが」

 せつらは、ちらりとメフィストを見た。
メフィストは心外だとでも言うように眉を顰めたが、

「まずは君の治療が先だな」

 その瞬間、せつらの顔に穏やかな笑みが浮かんだのは言うまでも無い。




















 欲しかったのは、その声、その表情、仕草。
見る人によって姿が変わる依頼人が、僕にはお前に見えたから、
会いたくなったのは必然のこと。
時間を指定すれば、その刻限を過ぎた時、お前が迎えに来てくれるだろう、
なんて無謀な賭けだったけれど、それがどんなに誠実な賭けだったか、お前は知ることはない。









 ――こんな狂おしい程の感情を、お前は知らないから。


























・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
KinkiのB Albumを聴きながら。もっとらぶらぶな筈だったのに。
屋上とせっちゃんという構図が好きです。
 いずみ遊 2002年12月29日




*ブラウザを閉じてお戻り下さい*