天高く *いずみ遊*
見上げると、何処までも突き抜けるように高い空があった。
「ねぇ、ちょっと歩こうよ」
段々と朝夕の寒さが厳しくなり、そのうちこうやって外に出るのも億劫になるから。
おまえは微かに笑ったけれど、素直に付いて来る。
少しずつ色づいてきた木々の葉が風に舞い、地面に散乱している。
小さい頃、雨が濡らしてしまう前にそれを踏むのが好きだった。
パリっと、靴の下で音を立てる葉。
学校帰りには、道端に溜まった枯葉を踏みながら帰った。
そういえば、折角掃除したのに、とよく怒られたっけ。
勿論、今はそんなことはしないけれど、一箇所に集められた枯葉を見ると
無性に踏み散らしたくなる衝動に駆られる。
「焼き芋が食べたいな……」
思わず口にすると、おまえはワザとらしく溜息を吐いた。
分かってるよ、安易な想像だってことくらい。
「焼き芋は流石に無いが、スイートポテトならばあるが?」
苦笑しながらのお誘い。
なんだ、結局おまえも食べたかったんじゃないか。
「君が毎年所望するから用意していたまでのこと」
それは嬉しくて涙が出るような用意周到さだ。
断る理由も無く、お邪魔することにする。
最初から、そういう魂胆だったのかもしれない。
新宿では桜も紅葉も同時期に見られる。
それはそれで、雅だが、けれど何か違う気がする。
「桜の淡い色は、冬のモノトーンの世界から抜け出た時に
見るからこそ美しいと私は思うのだがね」
ああ、そうかも知れない。
「じゃぁ、紅葉は夏の蒼から紅に変わるから、綺麗なんだ」
目の前にひらりと舞った紅葉を二本の指で捕らえたおまえは
そうだな、と呟いた。
「桜も紅葉も、色づいた途端に散るから良いのだろうな」
時々、おまえはそうやって無常さを口にする。
医師だからこそ、いやおまえという人間だからこそ、永遠など言うものを信じないのだ。
きっと、おまえは来年もこうやって僕が隣にいることが当然だとは思っていない。
そして、それが僕を切なくさせるのを知らないだろう。
……常と変わらない横顔からは、何も読み取れない。
赤や黄に染まった通りを言葉も交わさずに歩く。
ただただ真っ直ぐに。
空が赤みを帯びてきた。
日の落ちる時間が確実に早くなっている。
こうやって外へ出ないと分からないごく些細な変化だ。
時は刻々と移り変わり……そう、おまえが考えるように、
永遠なんてものは無いのかもしれない。
取り留めの無いことを考えながら、白い影について歩いていたが、
ふと気が付いて、周囲を見るとおかしなことに気が付いた。
「おい、メフィスト」
立ち止まり、辺りを見る。
「病院に戻るんじゃないのか?」
そう。
明らかに違う道を歩いている。
病院へ行くには、三つ前の通りを右折するのが最短ルート。
道理で、何時まで経っても曲がり角に来ないはずだ。
「そうだが、何か?」
しれっと言い返してくる。
「何かって、道、間違ってない?」
決まり悪そうに引き返すという行動を予想していたのだけれど、
全く違う反応が返ってきた。
つまり、おまえは、何だという顔をして口元を緩めたのだ。
風がざわめいて大量の紅葉が空へ舞った。
「君が歩きたいと言ったから、遠回りするのも良いだろうと思ったのだよ」
――おまえは……。
例えば、胸が締め付けられるのはこういう時だ。
辛い時ではない。
嬉しさで体中が満たされた時、苦しくなる。
人から愛されることとは、斯くも甘美なものか。
おまえとこうやって過ごす様になってから、何度、こんな想いをしただろう。
「ありがと」
小さく呟いて、横に並ぶ。
はらはらと色とりどりの葉が空から降ってくる。
「いや……」
隣を見るとゆっくりとおまえが微笑んでいた。
深海の色のそれが、愛しげに細められ、唇が逆三日月に引かれる。
「私も君とこうして歩きたかったから」
あぁ――。
秋も、冬も、春も、夏も
永遠を信じないおまえにとっては、季節は巡り繰り返すものではない。
けれど、どうしても言ってしまう。
「……もっと寒くなっても歩いてくれる?」
おまえは僕の顔をマジマジと見て低い声で哂い出した。
全く、機嫌のいい医者は何をやりだすか分からない。
「君がそうしたいというならば、私に否定する権利はないが……?」
「何が言いたい?」
「だから……私は君のしたいことを全て叶えたいと思うのだから、
君が心の内で何を思おうと、私がそれをどうこうしようとする意思を持ち得ないのだよ」
「もっと簡単な言葉で言えよ」
おまえは笑いを引っ込めて、空を見上げた。
高い高い空。
何処までも続いているような錯覚を起こさせる空。
そこへ向かって、おまえは酷く誠実そうに呟いた。
「君をそれだけ想っているということだ」
……分かった。
久遠を約束できないおまえは、
いつもこうして、スイートポテトより甘い言葉を囁いて、僕を絡めとろうとするのだ。
――これ以上無いほど、僕はおまえに惚れているのに。
日記2700キリ。「可愛くて我儘なせっちゃんと、どこまでも優しいドクター」By YOKOさん
遅くなりましたが、Upできて良かったです(涙)
いずみ遊 2002年11月16日
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