匂い立つ緑。
それは夏の盛りほどきつくは無い。
仄かにキンモクセイの甘い香りが漂っている。
そんな小さな公園で互いの躯を侵食し合う。
それは何処かしら神聖で、しかし明らかに冒涜的な行為だった。
「……っ……」
せつらの吐いた吐息が微かに白く水滴に変わる。
辺りには濃い霧が発生しつつあった。
まるで、<新宿>がこの危険なゲームを隠そうと
意思を持って作り出したような深い霧だった。
雨は止むどころか、激しくなり、足場は最悪、と言えた。
力を入れて立とうとすればする程、ずるずると滑っていく。
せつらは疾うに自分の体重を支えることを放棄していた。
細い、人間の物とは思えぬ程美しい指がゆっくりとせつらの躯を開いていく。
熱い体内に、医師の氷のように冷たい手が侵入し、
それが直接、脳へ快感としてインプットされていく。
けれど、熱が相対的に低い方へと流れるのは真理。
馴らされた官能は貪欲に新たな刺激を求め始める。
せつらはあまりのもどかしさに、思わず身じろぎした。
医師はそれに気付かないか、それとも恣意的になのか、
殊更ゆっくりとせつらを煽っていった。
「彼」にとっては、これが初めての医師との交わりであった。
微かに高揚する頬とは逆に、露出した肌は冷気にあたり
血色がよくない。
それ故に普段から白い肌が、一層絵に描いたような白さを帯びる。
淡い桜の花びらすら、情熱的に赤いものへとしてしまいそうな、そんな肌。
医師はその胸元へ一つ、花びらを散らした。
「意外だな」
低く抑えた声でせつらが言った。
医師は自分の肩に顔を寄せるせつらの方へ少し向いて、
何が、と訊ねた。
「お前はもっと趣味の悪い男だと思っていた」
にべも無い言い様に、医師は苦笑した。
そして返答する代わりに、医師はせつらの躯から指を抜き、
代わりに自らの腰を押し当てた。
せつらが柳眉を軽く寄せる。
医師は愛しげに、せつらの耳朶を食んだ。
ざわりと風が木々を揺らし、二人の頭上へたくさんの雨粒が
零れ落ちる。
せつらの黒いシャツに、更に黒い染みが広がる。
医師は更にきつくせつらを抱き寄せ、
自分のケープの中に引き入れた……――
まるでそれは、全てを焼き尽くす、炎。
白い、炎だった。
大きく躯を逸らしたせつらが、悲鳴に近い嬌声を上げた時、
医師は、少し切なげに瞳を伏せた。
唐突に与えられた快楽に躯が付いていかなかったのか、
せつらは虚ろな瞳から止め処も無く涙を流していた。
「……」
医師もせつらも、互いを見たまま、暫く動かなかった。
先程まで確かに身に纏っていた怜悧な空気は、今のせつらからは
感じられず、それは、既に彼がもとの彼に戻っていることを示していた。
最初に、するべきことを思い出したのは、医師であった。
せつらの頬を伝うものを指で掬い取り、優しく抱きしめる。
そして、そのまま互いの呼吸が治まるまで、背を撫ぜた。
せつらは幼い子供のように、白いケープを掴んで離さなかった。
「ごめん」
数分後、掠れた声で、せつらが呟いた。
「いや、君が謝る必要は無い。……始めから」
医師は珍しく逡巡しながら答えた。
あれ程強く降っていた雨も、漸く小雨になってきていた。
しかし、気温は急激に下がったまま、上がる気配を見せない。
医師はせつらのシャツのボタンを全て止めてやった。
「これは、浮気現場を見られた、ということになるのかな」
努めていつものトーンで医師がせつらの耳元に囁く。
少し、目元を赤くしたせつらは困ったように微笑んで、首を傾げた。
とても、不自然な笑みだった。
「謝るなよ。お前が悪いわけじゃない。
僕も悪くない……これでおあいこでいいだろう?」
果たして心から言っているのかどうか疑わしい言葉に、
医師はせつらを真っ直ぐ見詰めた。
「だから……そんな瞳で僕を見るなよ。
見られてるこっちが自殺したくなってくる」
「すま……」
唇で遮って――
「だから、謝るな。
謝る位なら……
あいつ以上に僕を愛してくれ」
――此処で。
この桜の木の下で。
「――壊れても、私は一切責任をおわないよ、せつら」
――彼は気付いただろうか。
医師が今日初めて、彼の名を呼んだことを。
炎は未だ消えず、
雨はしめやかに降り続ける。
日記2400キリ。
リク内容は「濡れ場」By暁さん。
いずみ遊 2002年10月23日
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