光と闇の真実 *いずみ遊*











きっと黒い。
そう、確信した。
窓の外は真っ黒だ。
しとしとと降る雨が、耳元で煩い。
ここはシェルターでは無いのか。
黒い。
黒すぎる。
黒に濃度があるとしたら、この世の全てを虚無に変える程の
そんな黒だ。
光が点滅する。
それだけで黒は死ぬ。
死ぬんだ。
絶対に死ぬ。
光は絶対。
ならば黒は、何だ。
「助けてくれ」
そんな無責任な言葉はいらない。
そこに落ちたのは自分の責任だ。
おまえの腹の中もきっと真っ黒だ。
世の中、黒で塗りつぶしてしまえ。
悲壮な言葉で言ってみればいいってもんじゃない。
自分の力を、どうして知らないのだ。
黒い。
嫌になるくらいに黒い。
















「どうしたのかね、随分と魘されていたが」

 せつらが瞳を開けると、見慣れた顔が目の前にあった。
何処からとも無く降り注ぐ光によって、ここは逆光という現象はあまり起こらない。
メフィスト病院院長室。

「悪い夢でも見たのかね」

 まるで子供に語りかけるような口調。
職業病だ。
せつらは無性に腹が立ち、そのまま医者の両肩を掴みベッドに押し倒した。
長い髪の毛が、ふわりと宙を舞い、打ち付けられた躯と共に、
急速にベッドの上に広がり静止した。
大して驚いた顔を見せない医者……メフィストに、更にいらいらする。

「せつら?」

 名前を呼ばれ、とうとうせつらのいらいらのメーターがピークを振り切った。
思わず、手が出る。



 ――しかし、それは寸での所で、白い手に掴まれる。
白い……。
ひかり。
光だ。
この男は、光の根源だ。

「めふぃ……」

 そう思ったら、急に無性に悲しくなった。
仕方ない。
光には勝てない。
せつらは掴まれた手から力を抜いた。

「ごめん」

 雨が煩い。
窓の外を見ると、水滴が幾筋も流れていた。
外はやはり、黒に塗りつぶされている。

「君は何も謝るようなことをしていないがね」

 躯を起こしたメフィストが強引に抱きしめてくる。
安堵が触れた箇所から広がっていく。
ゆっくりと、穏やかな波動へと変わっていく何かを感じる。
光とは、そういうものだ。
せつらはぼうっと、そんなことを思う。
ならば、闇とは?

「一生、おまえが隣にいるという確証が欲しい」

 ぎゅっとメフィストのケープにしがみ付き、せつらがくぐもった声で言った。

「僕が何処かへ行っても、おまえだけは僕の隣にいるという
確証が欲しい」

「突然、何を言い出すのかと思えば……」

 苦笑するメフィストの顔が想像できる。
せつらは猫のように躯を丸めて、メフィストの肩口に顔を埋めた。
これでメフィストは動けない。

「出来ないなら、このまま突き放してくれ」

 ――我儘なのは分かっている。
せつらはそっと瞳を閉じた。
闇が、頭の中を支配する。
――けれど、言わずにはいられない。
『助けてくれ』
――その声が聞こえる時に、縋ることの出来る相手を持ってしまったから。
光は闇を一掃する。
闇は光を侵食する。






「メフィスト、お前は何時から独りだった?」

「そんな遠い昔のことは覚えてない」

 少し笑いを含んで。
優しく髪を梳く手。
――本当は、酷く寂しいのだ。
せつらはメフィストの肩に腕を回し、
ゆっくりと輪郭をなぞりながら口付けた。

「なら、何時まで独りだった?」

 ――多分、惹かれあったのは、互いの中に同じ空洞を見つけたからだ。
守るべきものも、果たさなければならない使命も、何も無い。

「……せつら」

「今でも、独りだろう?」

 メフィストは微かに瞳を細めた。

「お前は、自分しか信じない。それは僕も同じだ。
それは、ここが<魔界都市>だからじゃない。
そういう人間だからこそ、<魔界都市>に留まっているんだ」

「かもしれん」

「自分を縋ってやってくる患者を、蹴飛ばして追い出したくなったことはないか?
僕は、依頼人をそのまま殺したくなったことが何度もある。
捜した相手にも。
…………病気かな」

 ここでせつらは初めて弱弱しく笑みを見せた。

「メフィスト、お前が羨ましいよ」

 理由を、せつらは告げなかった。
















 雨は激しくなっていた。
水滴に歪んだ新宿の街。
この中に、今日も、優秀な人捜し屋を待っている人間がいる。
そして、優秀な医者を求める人間もいる。
今は、ただ、滲む光に隠されているだけ。

「今聞いたことは全て、忘れよう」

 ひっそりと、メフィストはせつらの耳元に囁いた。
体重を全てメフィストに預けていたせつらはびくっと躯を強張らせた。

「ああ、そうしてくれ」

 疲れたように言って、せつらは躯を起こした。
もう、何時もの茫洋とした彼に戻っている。

「また何時もの夢を見たくらいで、藪医者に泣きついたなんて、
末代までの恥だ」

「酷い言われようだな」

 低くメフィストが哂った。
せつらは側の椅子に掛けてあったコートを手に取り、立ち上がる。

「帰るよ」

「外は雨だが?」

「頭が冷えてちょうどいい」

「くれぐれも、風邪など引かないでくれたまえ」

「引いたら、直ぐにお前のところに来るさ」

 ばさりとコートを羽織、そのまま、振り返りもせず、ドアの方へと
歩くせつらを、溜息が追いかけた。
雨音。
ドアに手を掛けた時、せつらは後ろから抱きしめられた。







「愛しているよ」






 静かに降り始め、突然激しさを増す雨のように。







「私が君に出来ることはこれ位しかない。
――愛している、せつら」

 熱は、予想不可だけれど
けれど、それは光にも似て、
何処までも黒を覆い尽くす

「僕を帰さないつもりだな」

 溢れ出す気持ちを、押し込めることは、もう無い。

「君の涙を見るのは、これが最後である様願うよ」






 そっと口付け、
抱きとめ、
躯ではなく、
もっと深くを繋ぎ止める






 闇も光もどちらも消滅することなど無い。
それは、互いが互いに、強さも弱さも知り尽くしているから。













「闇は光を、光は闇を、狂おしい程愛しているんだ」

 ――それが、この世の真実。


























これで、一応、このシリーズは一段落です。お付き合いありがとうございました。
雨で始まり、雨に終わる。どうでしょう。
また、新たな白黒開発の為に、日夜頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
いずみ遊 2002年9月29日





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