逢瀬 *いずみ遊* 「どうしたのかね、こんな真夜中に」 時計の針が2時を指そうかという時刻に、 メフィスト病院院長室の戸を開いたものがいる。 メフィストは訝しげにその人物、秋せつらを見た。 何時も身に纏っているせんべい屋の若旦那らしい 茫洋とした雰囲気は今は微塵も感じられない。 やや翳りの見える表情。 そして、何より黒いコートが、艶かしく鈍く光っていた。 「腕を斬られた。治せ」 見れば、白い筈の手が赤く染まっていた。 メフィストは立ち上がり、彼の手を取る。 不思議なことにその繊手は、せつらの血で染まることはなかった。 「止血はしなかったのかね」 これ位の傷ならば、せつらは自分の妖糸で塞いでしまう。 そのことをメフィストは言っているのだ。 「せつら?」 傷を塞ごうとして伸ばされたメフィストの手を、 せつらが負傷していない右手で取る。 その手も赤く濡れていた。 一体どれ程の血を流してきたのだろう。 顔色も、蒼い、を通り越している。 「藪」 一言呟いた唇が、メフィストのそれに押し付けられた。 メフィストが思わず、一歩後ろへと下がるが、 それを良しとせず、せつらはメフィストを机に押し付けることで 退路を断ち、更に深く口付ける。 流れる血が、白いケープを滑り落ちる。 「何の真似かね」 解放されたのは、そのケープが十分に赤く染まってからだった。 真っ白なケープに映える赤。 医師には、似合いすぎていた。 それを一瞥して、せつらは左手を医師の目の前に出した。 「治せ」 全く答えになっていない。 メフィストは溜息をついて、せつらの左手を一撫でした。 今まで流れ落ちていた血が瞬時に止まる。 せつらは腕の具合を確かめるかの様に左手を動かす。 そして、満足したのか、両手を机に突いた。 そうすることで、メフィストを囲う為に。 「久々に怪我をした。腹が立つとは思わないか」 せつらは口元を歪め、低い位置からメフィストを睨む。 ――それは睨むというより、挑むと言った方が近いかもしれない。 「私は君では無いから分からぬ」 「そうか。ならば、分からせてやる。 私が腹を立てていることを」 「結構だ」 とん、と軽く跳躍したかと思うと、メフィストはいとも簡単に せつらの作った檻から抜け出した。 白いケープの煌きを忘れずに。 「何故だ。何時もはしつこい程に私に執着するではないか」 せつらがメフィストを振り返る。 糸を使う準備はもう既に出来ている。 「興奮した依頼人とは付き合えん、と君は昔言った。 それと同じ理由だ」 「それでも力尽くでと言ったら?」 「――君次第だな」 メフィストがそう言い終わるか終わらないかの内に、 せつらの妖糸がメフィストに飛んだ。 確かな感触を得て、せつらが糸を引くと、肉が切れる感覚がした。 反射的に糸を緩める。 その瞬間に、メフィストは糸の呪縛から逃れていた。 秋せつらの妖糸から逃げるとは……。 「偶には抱かれるのも良かろう?」 驚くこともせず、新たな糸を飛ばしながらせつらが 嘲笑した様に言った。 「君を抱いたことなど一度も無い。 偶にはも何もそんな事実すらないではないか」 見えない糸を、針金で防ぐ。 次々と細切れにされる針金が、雪のように床に降り積もった。 一見、無駄な抵抗のように思われた。 しかし、メフィストは針金を仕舞うと、針金の残骸を見やり、 そしてせつらの方へと顔を向けた。 その刹那、せつらの身体がふらり、と揺れた。 「……」 床に倒れこむまでをメフィストは観察するかの様に眺めていた。 完全にせつらが動かなくなった後、 漸くメフィストはその身体を抱きかかえた。 「出血多量なのに、動くからこうなる」 初めからこの医者にはこうなることが読めていたのだ。 だから、時間稼ぎをしていたに過ぎない。 見えない看護婦に輸血の準備の手配をしつつ、 せつらをベットへとそっと横たえる。 「また見えんことを、私の君……――」 蒼白のせつらに口付けながら、メフィストは囁くように告げる。 ――その横顔を、月が照らしていた。 日記1111キリリク。内容は……黒白で。By堕天使さん。 せつら信者とメフィ信者の妥協点はこんなところでした(笑) いずみ遊 2002年7月24日 *ブラウザを閉じてお戻り下さい* |