Dark moon *いずみ遊* 目の前で意識を失った恋人を見て、少しやりすぎたと反省した。 明らかに疲労している彼を、無理にベッドへ誘ったのは私なのだ。 拒まなかったから、という理由を翳して自分を正当化する様な神経は 流石に持ち合わせていない。 薄暗い部屋。 今日は月光が差し込まない。 往診の帰りに見上げた夜空に、何時もは我が物顔で輝いている その角砂糖は浮いていなかった。 きっと、闇夜に溶けてしまったのだろう。 お陰でこちらは甘いコーヒーが戴けた。 感謝すべきだろうか? 昔、月はこの恋人を拒んだ。 それを今、悔やんでいることだろう。 勿論今も昔も、仮令感謝はしても、この恋人をみすみす差し出す ことはしないだろうが。 優しく恋人の乱れた髪を整えてやってから、 濡れたタオルで、丁寧に身体を清めてやる。 きっと、この後、目を覚ましたとしてもシャワーを浴びる気力も 残っていないだろうから。 一糸纏わぬ身体。 何時もは滑らかな肌も、今はしっとりと濡れて肌に馴染む。 ――今は私のもの。 「のど……」 明らかに他の動作をしようとしていた手が伸びる前に、 突然、恋人の目が開いた。 「いたい。みず」 言うだけ言って、またぱたりと瞳を閉じた。 本当に起きたのだろうかと、顔を覗くと、再び目が開いた。 まだ呆けている。 ん、だかあ、だか分からない言葉を吐く。 今持ってくる、とだけ言って、ベッドを降りた。 水を取りに行っている間に眠りの世界に入らないとも限らないが、 それはそれで、別に構わない。 今日は十分に我儘を聞いてもらったし、疲れているのだから 眠ればいい。 大体、彼の睡眠を妨げているのは私の方なのだ。 文句の言いようが無い。 しかし、グラスに水を入れてベッドへ戻ると、彼は身体を起こして、 背もたれに体重を預けていた。 暗い室内で、その顔だけが白く浮かぶ。 そうすると、更に彼の疲労が際立つ。 ――後悔しても、どうしようもないのだが。 グラスを手渡そうとすると、生気の無い顔が上を向いた。 飲ませろと言っているらしい。 「つめたいの、いたい」 唇がそう形作る。 水が喉に沁みると言うことか。 そう思って、ぬるい水を注いで来たのだが、 ……そんなことはきっと彼にも分かっているのだろう。 望み通り口移しで水を与える。 何時もなら積極的な口付けも、やはり疲れの所為か、 彼はただ、触れるだけに留まった。 グラスをサイドテーブルに置き、二人でベッドに潜り込んだ。 どちらからとも無く身体を寄せる。 肩から腰に掛けて擦ってやると、気持ち良さそうに溜息を吐いた。 肉体的な辛さなら、癒す労力は最大限に貸せる。 自分の両手が今まで何をしていたのかを考えると少し可笑しいが。 「何で」 まだ、喉に何か引っかかるのか、一度咳をしてから、 彼はもう一度口を開いた。 「何で、あんなことしたの?」 苦笑しながら謝るしかない。 実行すると、彼は不満げに首を横に振った。 「別に怒ってない。 ……何時もはあんなことしないだろ? おまえは確かにセックスが上手いけど、ノーマルじゃないか。 それとも今まで隠していただけ? ……違うだろ? おまえは基本的に、痛いくらい優しい。 だから、何で今日あんなことをしたのか疑問に思っただけ」 随分とストレートに言う。 そうすることで、きっと、必要不可欠な言葉が言えない私を 詰っているのだろう。 「疲れている君を見て、少し加虐的になったのかもしれん」 「おまえに限ってそんなことはありえない」 きっぱりと言い返されて、更に苦笑を深めた。 心地よい。 一つ一つの言葉が、身体に染み渡る。 「なら、悪魔が来て私の耳元で囁いたのだろう」 「悪魔の元へ悪魔が?」 「君が快楽に涙する姿が見たい、と」 「……嫌な悪魔だね」 心底嫌そうな顔をしてから、彼はくすくすと笑い出した。 嫌な悪魔という形容が可笑しかったらしい。 それを見て、知らず口元が緩む。 全く、君は。 どこまで人を幸せにすれば気が済むのだろう。 早く眠れるようにと出来るだけ優しく髪を梳いてやると、 彼は擽ったそうに首を竦めた。 「めふぃすと。も一回、駄目?」 悪気の無い瞳で問われる。 それを問うのは私の役目では無いのか? 「大人しく寝たまえ。……疲れているのだろう?」 何を今更、と思いつつも言う。 彼は全く気にしていない様だ。 「後一回だけ。 そしたら大人しく寝るよ」 彼の手がケープに掛かる。 止めようとしたところに、重ねて言葉が紡がれた。 「だから、眠れるように優しく抱いてくれ」 ――……否と言えるわけが無かった。 日記700キリ。キリリク内容>甘ったるければ、何でも可 By広瀬刹羅さん。 鬼畜のフォローです。メフィ先生は基本的にノーマルなのですという弁明。 Lunatic moon・Dark moon、完全一人称でお届けしました。 気に入っていただければ幸いです。 いずみ遊 * 2002年7月1日
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