街 *いずみ遊* 「それで……、<新宿>へ?」 「そうなんです。もう、ここしか在り得ない。 お願いです、秋さん、朋華を捜してください!!」 「……分かりました。 では、ここに今お泊りのホテルの名前をお書きください」 「あ、ありがとうございます!」 頭を下げられ、秋せつら――<新宿>一の人捜し屋は、 依頼人の目を盗んでそっと溜息をついた。 ――……生きていればいいけれど <区外>の人間が、<魔界都市>で真っ当に生きていく事は 砂漠を横断するより難しい。 そんなこと、依頼人は承知の上なのだろうけれど……。 宮村朋華。 依頼人の愛娘、年齢は18歳。 2年前から行方が分からなくなり、両親や警察が探し回るも、 その努力空しく、発見には至らなかった。 しかし、昨日、父親は偶然にも「新宿へ行こうと思う」と書かれた 朋華の日記を見つけ、こうして秋DSMセンターの戸を叩いたと言う訳だ。 手掛かりは写真のみ。 それも当てになるかどうか。 この街は、人の外も中身も変えてしまうから……―― 何度も頭を下げて、依頼人はオフィスを出て行った。 オフィスと言っても、六畳の畳の部屋。 住居と兼用なのだ。 「ミヤムラトモカ」 畳の上に寝っころがりながら、せつらは呟いた。 恥ずかしげにえくぼを見せる少女が写真の中で微笑んでいる。 <魔界都市>へ何をしに来たのかい? こんな哀しい街へ、何をしに来たのかい? せつらは、手を伸ばして、受話器を取ると、女情報屋の所へ 電話を掛けた。 「それで、即死?」 遺体の安置室に、せつらは立っていた。 目の前に横たわるのは、宮村朋華。 写真とは全く変わらぬ笑顔で、眠っている……いや、死んでいる。 「ああ。通報を受けて、救急車が行った時には、 既に心停止から10分を過ぎていたらしい」 医師は、厳かに告げた。 「うちの病院では無かったのだが、身元が分からないとなると、 そのまま、集団墓地に入れられてしまうだろう? だから、うちが引き取ってきたんだ」 太った情報屋は、2年前に新宿へ渡って来た人間を 全て教えてくれた。 どこから、そんな情報が入るのか、せつらにも分からない。 そして、ついで、とこんな話を付け加えた。 「そういえば、轢逃げ事件が起きてるわさ」 20代前後の女、と聞いて、せつらはそれだ、と思った。 ただの勘だ。 後は、その時の通報者と、呼び出された救急車、 そして、病院と順に捜していくだけだった。 最後に行きついたのが、メフィスト病院であった。 「何故そんなおせっかいをするんだ? 死体を引き取るなんて尋常なことじゃないだろ」 せつらが問うと、医師は……いや、この病院の院長、 ドクター・メフィストは一ミリたりとも表情を変えずに言った。 「身元不明でも、君が捜している人間かも知れない。 ……仮令死んでしまったとしても、弔ってくれる者が見つかるまで ここに安置していても、罰は当たるまいよ」 せつらはもう一度、少女を見た。 死体と言われなければ気付かない。 メフィスト病院の技術のおかげだろう。 「哀しい街だね、ここは」 せつらは依頼人の両親へ、この事実を告げる心労を思った。 けれど、死んでよかったと感じる自分もいる。 この街に染まる前に、逝った少女。 <区外>からやって来て、身も心も変わり果てた人間を 数多く見てきたから。 そんな風に変わる為にこの街へ来たのかい? こうやって捜してくれる人を振り切ってまで、この街へ来たかったのかい? 「それでも、私はこの街が好きだ」 メフィストは言った。 せつらもそう思う。 この街が好きだ、と。 人の命が、虫けらよりも軽んじられ、 けれど、美しく咲く花よりも高貴なものとして扱われるこの街が。 暫く無言のまま、立ち尽くしていたが、 「依頼人の所へ行かなければ」 と、せつらは口に出して言った。 「今すぐでなければ駄目か?」 「駄目だよ。依頼人は一秒でも早く報告が聞きたいんだ」 「そうかね」 「そうだよ」 せつらはドアのノブに手を掛ける。 気は重いけれど。 「ならば、報告が終わったら院長室へ来たまえ」 「なんだい?慰めてくれるのかい」 ドアを開きながら、せつらは微かに笑った。 「必要とあらば」 ドアが閉じる寸前、ぞくりとする様なメフィストの言葉が すり抜けてきた。 「……藪医者」 思わず赤くなった顔を、冷たい手のひらで冷ましながら、 せつらは呟いた。 帰って来いと、差し伸べる手がある。 それは、<区外>もこの<魔界都市>も同じだから。 その手を振り切ってこの街へ来てはいけないよ。 捜す方も捜される方も、哀しいからね……―― いずみ遊 2002年4月30日 *ブラウザを閉じてお戻り下さい* |