狂恋想 *広瀬刹羅さん*




 その日は、秋せつらにとっては最悪で、
 ドクターメフィストにとっては、最良の日にになったのかもしれない。
ほんの些細な事がきっかけだった。
「この…藪医者!」
「失礼な」
「もう、お前なんか、知らないからね」
「せつら…」
「人を気安く、呼び捨てで呼ぶな!
本当にどうなっても、ぼくは一切知らないったら、知らないんだからな!」
 そう叫んで、せつらがメフィスト病院の院長室を、飛び出して行った。
 後に残されたメフィストは、溜息を吐くしかできなかった。
「本当に、君という男は……」
 どうして、こうも可愛いのだろう…。
 声にならない言葉が、メフィストの心の中で続く。
 そんなメフィストの心を知ってか、知らずか…。
 せつらが向かったのは、大久保にある廃墟だった。
 最近、その廃墟に妖物が潜んでいるという。
 しかも、それは、せつらが捜す事を依頼された対象であり、
 メフィストを狙う敵でもあった。
 廃墟の中へ妖糸を飛ばし、気配を探る。
 罠等の仕掛けすら施されてない事を知り、
 堂々と正面から中へと入り、階段を上がっていく。
「いるんだろう。出てこいよ」
 地響きをたて、出てきた妖物を見て、せつらは顔をしかめる。
「やはり、手遅れだったか…」
 対象の人物は、既に妖物と同化していた。
 不意に、せつらの纏う空気が変わる。
「もう、殺すしかないようだな。私が殺してやろう…」
「せつら!」
 妖糸を飛ばそうとした刹那、戸口から声をかけられ振り向く。
「メフィスト…あれほど、来るなと言っておいた筈だが」
「私を狙っている相手に、君を傷つけさせるわけにはいかないからな」
「勝手にしろ」
 メフィストが優雅な動きで、せつらの前に出る。
 それと同時に、妖物が触手を何本も伸ばしてきた。
 メフィストがケープを跳ね上げ、針金を投げつける。
 妖物の触手を切断したが、メフィストの針金を逃れた一本が、胸を貫く。
 ズルリと血をまとわりつかせ、触手が抜けるとメフィストの躯が、緩やかに崩れ落ちた。
「メフィスト!」
 せつらが叫ぶ。
 それと同時に、妖物を妖糸で絡め取る。
「お前ともあろうものが、何故避けられなかった…」
「不覚だ…」
「だから、私があれほど…」
「すまない…だが……」
 メフィストの瞳が閉じた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 まさかせつらから、絶叫が発せられるとは、誰も思わないだろう。
 せつらの声が途切れた瞬間、妖物はせつらの糸によって、切断される。
「メフィストぉ!!」
 泣き叫び、メフィストの亡骸を抱き締める。
「ぼくは…ぼくはまだ……うあぁぁぁ……」
 泣き崩れるせつらの肩を叩く者がいた。
「せつら…」
「え?」
 顔をあげ、振り向くと、そこにはメフィストが立っていた。
「どうして…」
「私のために泣いてくれるのは嬉しいが、それはダミーだ」
「ダミー…じゃあ……」
「いくら私でも、自らの身を危険にさらすわけがなかろう。
ましてや、愛しい君に心配されてはね」
「メフィスト…メフィスト…メフィストっ……」
 いきなり首筋に抱きつかれた。
 いつもならありえない行為に、メフィストは驚き動きが止まる。
「無事でよかった…」
「せつら…」
「お前が居るから、ぼくは……」
 小声になり、最後の言葉は聞き取れなかった。
 だが、メフィストは嬉しそうに微笑して、せつらを抱き締める。
「すまなかった」
「ばかメィスト…」
「あぁ、そうだな…」
 妖物の残骸と、臭気が消えるまで、メフィストはせつらを抱き締めていた。
「やはり、君という男は…」
 こんなにも、可愛い。
 せつらに聞かれない程度の声で呟き、微笑を浮かべる。
 不意にせつらが、耳元で何かを囁き、そして唇を重ねた。

「ぼく、お前の事、好きだよ…」

 耳の奥に残る言葉は、メフィストを幸せの絶頂へと導いた。

                             〜了〜




                                         2002年6月8日


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