『蒼色の月』 *広瀬刹羅さん* 新宿西口中央公園。 あまりにも危険すぎて、一般人は近寄らない場所だ。 黒い人影が、広場の中央に静かに佇んでいる。 ピゥン! 空気を切るような、微かな音の後、半透明の液体が噴出する。 その液体がかからないように、秋せつらは横に飛び退ける。 せつらの操る妖糸に、切断された妖物。 液体の噴出が収まると同時に、ドロドロに溶けていく。 溶けた妖物のなれの果ては、地面へと染み込んでいき、 後に残ったのは銀色に輝く球体だった。 無表情で、せつらはそれを拾い上げる。 「いい加減にしたらどうだ。お前では、私を倒せない」 背後から妖物の触手が伸びてくる。 だが、それは、せつらに届く前に、無惨にも切断されていた。 せつらは振り向きもせず、その場に立っていた。 銀色の球体を手にしたまま…。 どのくらいの時が流れただろうか。 背後に散らばった妖物の残骸は、風化して消えていく。 「さてと…奴の所に行くとするか」 茫洋と呟いたせつらは、いつものせつらに戻っている。 球体をコートのポケットに無造作に入れ、のんびりとした足取りで、その場を離れた。 せつらが向かったのは、新宿一の病院と言われる場所だった。 メフィスト病院。 魔界医師と呼ばれるドクターメフィストが、院長を務めている。 日中は、外来患者が溢れるこの病院も、 さすがに深夜ともなれば静寂と闇に包まれている。 セキュリティーにすら引っ掛からず、せつらは平然と中へ入り込む。 まるで、せつら専用の出入り口があるかのように。 ノックもせず、大きな堅固な扉を開けた。 「やはり、来たな」 「わかってたのか…つまんないなぁ」 「頼んでいた依頼は、済んだのかね?」 「当然だろう。ほら、持ってきてやったよ」 そう言って、コートのポケットから銀色の球体を取り出し、放り投げる。 優美な動きで受け止め、メフィストは微笑を浮かべた。 「ご苦労だったな。お茶でも飲んでいくかね」 「一仕事した人間に、お茶だけで帰そうっていうんじゃないだろうね」 少し拗ねたように、せつらが呟く。 「他に何を求めるというのかね?」 「わかってるんだろう?」 唇を尖らせる様は、どこか妖艶で美しかった。 珍しく、くすくすと笑い声をあげたメフィストが、椅子から立ち上がる。 「まったく、君という男は…」 「何だよ」 「どこで、こんなおねだりを憶えてきたのかね」 優雅にケープを跳ね除けると、せつらを抱き寄せる。 腕の中にすっぽりと収まったせつらは、少しだけ上目使いで見つめる。 額・鼻の頭・両頬と、順序よく口づけを降らせ、 最後に唇の端に口づけたまま、メフィストはそっと囁く。 「このまま、蒼色の中に溶けてしまうのも、よいかもしれんな」 「明日は、臨時休業なんだ」 「承知」 微笑を浮かべ、メフィストが唇を重ねる。 深い口づけは、せつらの神経を溶かしていく…。 「今宵は君に最高の刻を贈ろう…」 「ブランチは、和食がいいな」 「用意させよう」 「それから、満足させてくれなきゃ、許さないからな」 「承知した」 「えっと、あとは……」 「少しは黙ったらどうかね」 苦笑して、もう一度メフィストは、唇を重ねる。 瞳を伏せ、うっとりとした表情で、せつらは口づけを受けた。 世界を蒼色に染める月明かりだけが、二人を包んでいた…。 〜了〜 2002年6月5日 私の感想なんぞ読んでみる *ブラウザを閉じてお戻り下さい* |